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交通事故工学鑑定について


 工学鑑定が必要となる場合 
交通事故の事故状況が加害者と被害者の間で食い違いがある場合、工学鑑定がなされ、事故状況を確定することがあります。また、被害者が高次脳機能障害で事故状況を記憶していない場合や死亡している場合など、事故状況が加害者の主張通りなのか確かめるために工学鑑定をすることがあります。但し、物損や軽傷事故の場合はそこまでやることはありません。

 工学鑑定は誰がするのか 
警察が事故状況を確定するためにします。
警察官の誰でもできるというわけではなく、専門知識が必要なので、科学捜査研究所(科捜研)がすることが普通です。工学鑑定に詳しい警察官がすることもあります。鑑定結果は「鑑定書」、「意見書」、「捜査報告書」の形で刑事記録に綴られます。

 工学鑑定の基礎となる資料は何か 
警察の捜査による実況見分調書、捜査報告書等です。当事者が事故状況を指示した図面の他、写真、車両等の破損状況も重要な資料です。
警察によってはかなり詳しく実況見分をしていることがあり、その場合は工学鑑定をしなくても、事故状況が推測できる場合があります。
特に警察が細かい車両の破損を調べ、加害車両・被害車両がどのような衝突状況でそうした破損が生じたか実車での「突き合せ」をしている場合は、それだけでも事故状況を推認できます。残念ながら、警察がそこまでしていることは少ないのが実情です。

 裁判における鑑定の意味 
刑事裁判ではよほどのことがない限り、警察の鑑定書に沿った事故状況が認定されます。民事訴訟でも同様です。つまり、刑事、民事を問わず、裁判においては強い証拠力を持っていると言うことができます。
勿論、争う方法がないわけではなく、被害者有利の鑑定に不服のある加害者が独自に鑑定書を証拠として提出し、警察の鑑定を争うこともあります。
被害者不利の鑑定では被害者側も同様の戦い方をすることがあります。

 私的鑑定につい 
「鑑定」と言う言葉は厳密に言うと裁判所が専門的知識を得るために鑑定人を選任する場合に限られます。民間人である加害者、被害者が選任する鑑定は「私的鑑定」と呼ばれています。科捜研等の鑑定に戦うにはこのような「私的鑑定」を利用することがあります。
そのため、「交通事故鑑定」を職業とする方もおられます。
注意しなければならないのは公的な資格として「交通事故鑑定人」は存在しないということです。そのため「交通事故鑑定」の世界は「魑魅魍魎」が跋扈する世界と言って過言ではなく、過去において詐欺事件も発生しています。私もいい加減な鑑定を数多く見てきました。また、被害者側の「私的鑑定書」に対し、加害者側が反論の「私的鑑定書」を提出し、さらにそれに対する再反論の「私的鑑定書」を提出する・・・という鑑定書合戦となり、費用が数百万円というレベルになることもあります。
損保も私的鑑定を証拠として提出することがありますが、巨大な資金力を持つメガ損保ですら、まともな私的鑑定人を見つけることが困難のようで、いい加減な私的鑑定が多いというのが正直なところです。

 私的鑑定の類型 
いい加減な鑑定の例としては
・実況見分調書とは異なる事実関係を基礎としている
「私的鑑定人」が刑事記録を精読していないことが原因です。この類のミスが「私的鑑定」には数多くあります。
・常識に反している
物理法則に反しているのではなく、「常識外れ」というものです。ハンドルを右に切ったら車が左に回転したという類のミスであり、「私的鑑定」には少なくありません。
・物理法則、実験論文等に反している
「私的鑑定」は多くは高校レベルの物理の知識で作成されており、ミスを見破ることは難しくはありません。
まともな「私的鑑定人」がこの世に果たして存在するのか疑わしいと言って良い状況であると私は考えております。勿論、経験と知識を有する鑑定人もおりますが、宝くじにあたるよりも確率としては少ないと思います。

 警察の鑑定の欠点 
科捜研の鑑定書は分かり易いという印象があります。事実認定の基礎としても良いと思える場合が殆どです。
科捜研の鑑定書の分かり易さは自動車を質点と考えており、高校レベルの物理(運動量保存則、エネルギー保存則)で事故状況を解析していることが多いからです。
しかし、そこには欠点があります。
「質点」というのは2次元の大きさの無い点ですが、自動車は大きさがあり、3次元の物体です。自動車を質点と見做す解析は現実の現象と以下の点で乖離します。
・自動車の回転は無視される(大きさのないものは回転しない)
・自動車の損傷は無視される(大きさのないものは変形しない)
・自動車の横倒しは無視される(2次元の存在は横倒しという3次元の運動をしない)
被害車両に加害車両が衝突して、被害車両は変形し、横倒しになって、回転した・・・という場合、被害車両の変形・横倒し・回転は無視されるので、加害車両の速度は低く見積もられることになります。
正確な鑑定をするには自動車が大きさがあり3次元の物体であることを前提として解析しなければならないのですが、現実にはそこまでの解析ができるだけのデータがなく、またそうした困難な物理学的分析ができる鑑定人もいないと思います。

 被害者側弁護士の役割 
事故状況が問題となり、私的鑑定が必要な場合は「魑魅魍魎」も利用しなければなりません。また、訴訟進行中にあわてて私的鑑定を依頼するのではなく、訴訟前に私的鑑定をしておく必要があります。
弁護士としては証拠として提出できる代物か否か精査するため十分な時間が必要だからです。多くは証拠としては提出できないものであり、軽率に証拠として出した場合に被害者敗訴の大きな要因になるかも知れないからです。弁護士は文系の場合が殆どですから、「私的鑑定書」を読む力が無く、結論の有利さだけに飛びついて、「私的鑑定書」を証拠として提出していることが多く、そうした例を私は数多くみております。

 民事裁判における「私的鑑定」の効果 
私はこれまで2回、私的鑑定書を証拠として提出したことがあります。いずれも死亡事故で、過失相殺が争点となっていた事案です。また、私的鑑定書は内容的には問題がないものでした。
一つの事件では科捜研の鑑定書が刑事記録中にありましたが、被害者側に不利な内容でした。しかし、裁判では有利な過失割合が判断されたため私的鑑定書は役にたったと思います。
他の一つの事件でも刑事記録に綴られた警察の捜査報告書(実質的には鑑定書)があり、それを覆すために私的鑑定書を証拠として提出しました。しかし、裁判所は鑑定内容の考察には入らず、「警察は公的機関であるから、鑑定は信用できる」という形式的な理由で
被害者側の言い分を退けました。
このように私的鑑定は内容的に問題のないものであっても、裁判所が取り合わないこともあります。多くの裁判官は鑑定書に書かれていることは分からない、分からないから読まないというのが実情ではないかと思います。

 結 論 
私はかつて、刑事裁判では加害車両が「黄色」で交差点に進入したと判断された事件で、民事裁判では「赤」で交差点に進入したと判断された事案を扱ったことがあります。
この事件は訴訟をする前に「私的鑑定」をしたのですが、内容的に裁判所に出せるものではなく、私が書籍を調べて、必要部分を証拠として出したという経緯があります。その証拠を基礎として裁判所は加害車両の「赤」進入を認定したのです。
書籍の必要部分は私が苦労して探し出したものでした。しかし、そこから被害者が主張すべき事故状況をシンプルに立証できたのです。
私の経験から言えることは「私的鑑定書」は被害者であっても加害者であっても、結論が有利だからと言って、内容を精査せず証拠として提出すべきではないということです。「私的鑑定書」が使えないならば、上記の例のように代替的な証拠があるか検討する必要があります。
事故状況が争いになる交通事故では、そうした代替的な証拠を探したり、「私的鑑定書」の内容の精査や「鑑定書合戦」とならないためにも弁護士自身が鑑定書を評価でき、相手方の鑑定書に対する反論を書ける位の素養が要求されます。