鞭打ち症編

Q1
追突事故に遭い、鞭打ち症になりましたが診断書では「頸椎捻挫」と書かれていました。鞭打ち症と頸椎捻挫とは違うのでしょうか。

A1
「鞭打ち症」「鞭打ち損傷」とは「頭頚部の鞭打ち運動の結果起こった種々の病的状態」です。
「頭頚部の鞭打ち運動」とは鞭をふると、ヒモの部分がしなりますが、そのように前後に頚部がしなる運動のことです。「頚部のしなり」は過屈曲、過伸展とも表現されます。
つまり、「鞭打ち症(損傷)」とは本来は傷病名ではなく、受傷機転を表す言葉と言えます。

しかし、実際には診断書に「鞭打ち症」、「鞭打ち損傷」と記載されることもあります。
また、「頸椎捻挫」、「頚部挫傷」、「頚部外傷」、「外傷性頚部症候群」とも診断書に記載されることがあります。

医学書院の「標準整形外科」(8版、686頁)には「鞭打ち損傷」の説明として「損傷が頚部軟部組織にとどまり、頸椎の骨傷、椎間板、靭帯の損傷をともなわない。一種の捻挫状態と解される。・・・別に頸椎捻挫などと呼ばれることもある」とあります。つまり、「鞭打ち損傷」=「頸椎捻挫」との説明です。「鞭打ち損傷」を受傷機転ではなく、「頸椎捻挫」と同じ意味と理解している医師もいるようです。


Q2
追突事故により何故、鞭打ち症になるのでしょうか。

A2
車が追突されると車は前に押し出されますが、それと同時に身体も前に押し出されます。しかし、頭部はそのままの位置を保とうとするために後ろへ激しく伸展することになります。次にその反動で頭部は前方に屈曲し、頚部が損傷することになります。

正面衝突の場合は先ず、頭部が前に屈曲するのですが、この際、顎が胸にぶつかり、また、側面衝突された場合は耳の部分が肩にぶつかりますので、首は余り曲がらず、追突の場合よりも鞭打ち症にはなりにくいと言われています(小学館「家庭医学大辞典」1620頁)。

※以上のような通常説明される受傷機転につき疑問が呈されています。
「検証 むち打ち損傷」(羽成守・藤村和夫著、ぎょうせい)より「はしがき」の部分を引用します。
・・・この実験結果によれば、低速度車両衝突においては、実は頸椎の過伸展・過屈曲という、いわゆる「むち打ち」様の運動が生ずるものでないことが明らかとなった。そして、「むち打ち」様の運動が生じていなくても、頸部症状、あるいは、場合によっては全身症状が発症することもあり得るのであるが、そうであるならば、そうした症状に対する「むち打ち損傷」ないし「むち打ち症」なる呼称も改めなければならないであろう。

※なお、「検証 むち打ち損傷」は社団法人日本損害保険協会の委託により医学、法学、工学の各分野の識者からなる「事故解析共同研究会」と言う組織を作り、実車衝突実験、模擬(台車)衝突実験を行い、研究をしたものです。上記著作の意味は従来、「軽微物損だからむち打ち損傷は生じない」と言われてきた損保側の論理を真っ向から覆すものと言えます。
 

Q3
鞭打ち症にはどのようなタイプがあるのでしょうか。

A3
鞭打ち症には以下のタイプがあると言われています。

頸椎捻挫型
鞭打ち症の7割をがこのタイプであると言われています。頚部の内部組織に損傷が生ずるタイプです。頭痛、頚部痛、頚部運動制限の症状を中心とします。受傷直後に症状が現れることもありますが、受傷から数時間、あるいは翌日に現れることもあります。

神経根症型
脊髄から神経が分かれているのですが、神経は椎骨を通り、身体の各部に走っています。この脊髄から椎骨を出るまでの部分を神経根と言います。神経根は頸椎の骨の狭い穴を通っているのですが、その穴の中の出血などで神経根が圧迫されて障害を起こすタイプです。

脊髄症型
脊髄そのものが損傷されるタイプで完全麻痺から不完全麻痺まで様々な段階があり、我 々が通常、思い描いている鞭打ち症とは全く異なる極めて重傷のものです(このQ&Aでは脊髄症型のものはQ10で説明します)。

バレ・ルー型
頭痛、吐き気、耳鳴り、めまい、難聴、動悸、声がかすれる、霧視等の様々な症状を訴えるもの。他覚的所見には乏しく、愁訴が主と言われています。 頸部の交感神経に異常が生じたため多様な症状が生ずると説明されている。

※頸部の交感神経は上肢や頭頸部の血管の壁に分布し、血管を収縮させる働きがあります。交感神経の根元の神経節はいくつかありますが、一番下にあって、一番大きいのが星状神経節と呼ばれています。頸部外傷によって、交感神経節、そこから出入りする神経線維にさまざまな異常が発生するのがバレ・ルー症候群と言われています。

※バレ・ルー症候群に効くと言われる「星状神経節ブロック」は交感神経を麻痺させ、頚骨動脈や内頚動脈の血行を良くし、諸症状を改善すると言われています(交感神経は血管壁に分布して血管を収縮させるので、交感神経を麻痺させると血行がよくなるのです)。
星状神経節ブロックは5〜6回やって改善の兆しがなければ中止し、改善が見られるならば週2〜3回、合計20〜30回は実施しても良いと言われている。
(以上、「鞭打ち損傷と周辺疾患」井上久著、自動車保険ジャーナル、24頁、88〜89頁)

※難治化したむち打ち損傷は「脳脊髄液減少症」であると見解の篠永正道医師は最初、「バレ・ルー症候群」と診断していた患者さんに星状神経節ブロック等のさまざまなな治療をしたにもかかわらず、治癒しないため、原因は脳脊髄液が漏れているのが原因ではないかと考えるようになったと著書に書いております(「あなたのむち打ち症は治ります!」篠永正道著、日本医療企画、14頁以降)。
こうしたことから、従来及び現在、バレ・ルー症候群と診断された方の中には「脳脊髄液減少症」の方が含まれていると考えられます。


Q4
鞭打ち症で頚部にカラーをしたり、牽引をするのは何故ですか。

A4
Q3の頸椎捻挫型を念頭に置きます。Q3で述べたように頸椎捻挫は内部組織の損傷ですが、頚部を動かすとその損傷が大きくなりかねないので、カラーをして頚部を固定するのです。そうしますと、やがて、損傷部分は結合を始めます。

しかし、組織が結合をしただけではまだその部分が他の組織とは異なり、固い状態です。この状態は我々が皮膚を切り、皮膚が繋がった直後は、繋がった部分が固い状態であるのとことと同じです。

牽引はその固い部分を引っぱり、血行を促して柔らかくしていく手段です。やがて、組織の固い部分は他の組織となじむようになり、鞭打ち症は治癒することになります。

Q5
鞭打ち症はどの位の期間で治るのでしょうか。

A5
文献によると以下のような記述があります(脊髄症型を除く)。

「鞭打ち損傷の70%は3ヶ月以内に治っています」(小学館「家庭の医学」1621頁)
「受傷後、3ヶ月以内の間に9割前後の患者が治ると言う事実」
(財団法人日本保険協会鞭打ち損傷ハンドブック」108頁)

「その殆どが受傷後、3ヶ月以内に治癒しており、治療期間が6ヶ月を超える長期遷延事案は鞭打ち損傷患者全体の約10%に過ぎない」
(民事法研究会「鞭打ち損傷と損害賠償」鈴木繁次、東谷隆夫72頁)

「私が「鞭打ち損傷」の患者の治療にあたってきた経験、保険会社で相談された経験、そして、過去の統計報告からも言えることですが、最初から通院のみで良いよいな軽症例であれば、普通3〜4ヶ月で純粋に事故外傷による病態は落ち着くと言えます(勿論、例外もあります)。入院した場合はそれなりに重傷ということで、全部で6ヶ月位かかるとしてもおかしくはありません」
(且ゥ動車保険ジャーナル「鞭打ち損傷と周辺疾患」井上久100頁


以上のような記述から一般的には3ヶ月〜6ヶ月以内と言うのが一つの治療期間の目安と考えられているようです。

<補足説明>
「鞭打ちは1年後、2年後に現れるから怖い」と言う方がおられますが、これは昔からある誤解です。管理人の経験では事故当日、翌日(当日は大したこと無かったが、翌日、ひどくなったと言う方もおられます)に最も症状がひどく、次第に軽快していくと言う経過となります。

Q6
交通事故により鞭打ち症になりましたが、事故から既に6ヶ月以上経過しています。しかし、まだ、頚部痛や頭痛がします。何故、このように治るまで時間がかかるのでしょうか。

A6
Q5の通り、鞭打ち症は多くは3〜6ヶ月以内で治ります、しかし、稀に6ヶ月を経過しても症状が続いている人もいることは事実です。
このようななかなか治らないことについては以下の理由が考えられます。

1 身体的理由
例えば頸椎の老化現象や後縦靱帯骨化症、脊柱管狭窄症等です。

2 精神的・心理的理由
鞭打ち症の場合、精神的・心理的な理由で症状が長引く場合が多いと言われています。
精神的・心理的な理由とは決して「気のせい」と言う意味ではありません。また「詐病」と言う意味でもありません。現実に症状が存在しており、それが本人も気がつかない心理的なからくりによって発生していると言うことです。

これには内向的で自罰的なタイプの人と外向的で他罰的なタイプの人に多いように思われます。前者は極めて真面目で、神経質なタイプですので、事故による受傷のため、仕事に支障を来し、社会的にも脱落するのではないかと不安を感じ、焦りやいらいらが症状を悪化させていると考えられます。
後者はもともと、心の中に存在した敵意や憎しみが交通事故と言う事件をきっかけとして加害者や保険会社に集中してしまい、そのため、交渉が難航し、一層、敵意や憎しみを増大させると言うプロセスで症状が悪化するのではないかと考えられます。

3 医師の漫然治療
医師の中には鞭打ち症の対する知識不足や営利を目的として投薬や理学療法を延々と続ける者もいます。延々と治療を続けることは一見、被害者保護の目的に適うように見えます。

しかし、他面では被害者の投薬や牽引に対する依存性を増大させることにもなります。こうした依存性は被害者の社会復帰を困難にさせるので、真に被害者の利益になっているかと言う観点からは問題があると言えます。
 

<補足説明>
心因性の症状と言われてもピンと来ないと思いますが、それを理解するための好著があります。夏樹静子著「椅子が恐い」(文芸春秋)です。

推理作家として著名な著者ですが、「心因性の腰痛」との医師が診断したにもかかわらず、「心因性である筈は無い」と頑なに自分に言い聞かせ、様々な治療法を試してみると言う体験記です。
この本から「心因性」と言うことが如何に本人には受け容れがたいことかが良く分かりますし、また心因性の痛みと言うのが正に現実の痛みであるとことも良く理解できます。なお、著書は既に文庫本になっていると思います。

Q7
交通事故で鞭打ち症になり、6ヶ月を経過しましたが、加害者保険会社から治療を打ち切ると言われました。まだ、首に痛みが残っており、治療費が打ち切られることには納得できません。どのように対処したら良いでしょうか。   

A7
Q5で解説したように鞭打ち症は一般的には3〜6ヶ月以内で治ると言われています。6ヶ月以上経過しても治らないものについては以下のように言われています。

「6ヶ月以上経っても、頻繁に病院に通って積極的治療が必要で、しかも仕事が普通に出来ないと言った重篤な病態が残っていると言うことは、統計的見地からも、平均的一般的症例と言えないことは確かでしょう。そのような場合にはもっと悪い病気、あるいは当初見逃されていた大変な怪我があるのではないか、それとも手術をしなければいけない病変が存在しているのではないかと考えても良いと思います」(且ゥ動車保険ジャーナル「鞭打ち損傷と周辺疾患」井上久101頁)

そして、精密検査の必要性が無い、あるいは精密検査をしても特段の病変が確認出来ないと言う場合は症状固定と考えて良いのではないかと続きます。
ここで、症状固定とは「投薬や理学療法によっても一時的にしか症状が改善しない状態」です。

従って、首が痛くても症状固定となっている可能性があります。このような状態になった場合、投薬や理学療法は傷病の本態自体を改善すると言う効果が無く、単に対処療法を行っているに過ぎないのですので、症状固定後には加害者側は治療費や休業損害を負担する責任が無いと考えられています。

あなたの場合も事故から既に6ヶ月経過しておりますので、症状固定の状態に至っている可能性もあり、加害者側保険会社は「治療費を打ち切る」と言っているのだと思います。これに対する対処の方法としてはあなたと医師と保険会社の3者で精密検査の必要があるか否か、今後、症状が改善する見込みがあるか否か、そろそろ症状固定とすべきか、するとしたら何時頃が妥当がと言う点について話し合い、今後の方針を決めるべきでしょう。

話し合いが決裂してしまった場合、つまり、あなたが加害者側は治療費を支払うべきだと言う主張を維持、一方、保険会社側が治療費は払わないとの主張を変えなかった場合は、国保、健保を使い、治療費を自己負担して治療を続け、訴訟などにより自己負担した治療費を加害者側に請求する形を取ることになりますが、裁判所が認めるかどうかは交通事故に習熟した弁護士でも予測ができません。

<補足説明>
「保険会社が治療費の支払いを打ち切ると言っている、だから治療が必要なのに通院を中止した」と言う方がおられますが、論理として逆転していると思います。
まず、治療の必要性があるか否かの問題があって、必要性があると言うことであるならば保険会社が治療費を打ち切っても自費で通院を続けるべきだからです。

「保険会社が治療を打ち切ると言ったから通院を止めた」と言うことでしたら、もともと通院の必要性が無かったと思われても仕方が無いでしょう。損保が治療費を支払うなら通院するが自腹では通院出来ないと言う言い分は常識的に考えても成り立ちません。

Q8
わたしは鞭打ち症で症状固定と診断されるまで3年かかりました。現在、保険会社と示談交渉中ですが、保険会社は損害額を5割を減額すると言っています。このような保険会社の主張は正しいのでしょうか。

A8
Q5のように本来、3〜6ヶ月以内で治る筈の鞭打ち症の治療に3年もかかった理由が問題となります。鞭打ち症について最高裁の判例で参考になるものを3つ挙げます。

1 最判 昭和63年4月21日
鞭打ち症で約10年間、治療をした事案で事故から3年後のみの症状について因果関係を認めましたが、その3年間の全損害を加害者が負担するべきでは無く、4割を負担すべきだとしました。
なお、治療が遷延した理由については「心因性」と言う判断をしています。

2 最判 平成8年10月29日
後縦靱帯骨化症の既往症を持つ者が鞭打ち症になり、治療が長期化し、損害が拡大した場合、加害者に全損害を負担させるのは公平に反するとしています(差し戻しているので具体的に何割を負担すべきかは判断をしていません)。

3 最判 平成8年10月29日
平均より多少、首が長いことが原因で症状が悪化したと考えられる場合、損害を減額すべきでは無いとしています。

なお、3の判決では「疾患」に当たらない場合は原則として減額しないと言う判断が示されています。

つまり、2の事例
後縦靱帯骨化症→疾患→減額

3の事例
首が長い→疾患では無い→減額しない
という図式が成り立っています。

また、1の事例からは心因性により症状が長期化、悪化した場合は減額するのが最高裁の態度と言えるでしょう。

あなたの場合、どのような原因で症状が長期化したかが問題となります。
例えば、老齢により、頸椎に変形が生じていて、それが原因で症状が長期化、悪化したのであればそれは「疾患」とは言えないでしょうから、損害を減額する法的根拠が無いと言えます。
また、心因性の場合や「疾患」と言える身体的原因の場合(後縦靱帯骨化症、若年者で加齢性の変形がある場合等)は減額する理由があると言うことになります。

しかし、減額する理由のある場合でも減額の割合はケースバイケースであり保険会社の言う5割と言う数字が妥当なものであるかについては検討する必要があります。

Q9
わたしは鞭打ち症で、就労不能になり、事故から一年間、休業損害の支払いを受けておりましたが、この度、保険会社から休業損害の支払いの打ち切りを通知されました。しかし、今回の事故で既に仕事を辞めており、まだ、症状も回復していないので、今後も休業損害を払い続けて貰いたいと思いますが、そうした要求は可能でしょうか。

A9
良心的な医師なら常に患者の社会復帰のタイミングを考慮しながら治療をしているので、うした結果になることは少ないと言えますが、漫然と治療を続ける医師の下に通院した場合は、しばしばこのような結果を招くことがあります。

質問の場合、既に事故から1年も経過しているので、症状固定の段階であると考えられます。従って、症状固定後は加害者側には休業損害を支払う義務が無くなりますので、新たな就業先が見つかるまで、あるいは症状が完治するまで休業損害の支払いを加害者側に請求することは極めて難しいと言えます。

大切なことはこのような状態になってから法的な救済手段を考えるのではなく、このような状態にならないための方策を講ずることです (弁護士としてやりようが無いからです)。

例えば、通常の治療をしているにもかかわらず、事故から3ヶ月ないし6ヶ月経過して、就不能の状態が続いているならば、見逃している怪我は無いか等、疑うことも必要でしょう。また、大病院の精密検査を受けたり、これまでの医師の下での治療を続けていて良いのかを(A7参照)、検討すべきでしょう。

また、医師が被害者の社会復帰について無関心で、ズルズルと治療を続けるだけのようでしたら、被害者の方から「何時頃、仕事に復帰できるか」と尋ねてみることも必要でしょうし、ならし運転的に職場に出てみることも検討すべきでしょう。

なお、休業損害を打ち切られた際、被害者の中には弁護士から保険会社に払うように「ちょっと」言ってもらうだけで保険会社が払ってくれると考え、このような事態に至って弁護士依頼を希望する方がおられますが、それほど甘くはありません。被害者はシビアな状況に立たされていると自覚すべきです。ですからこそこのような状況に陥らないことが必要なのです。

<補足説明>
管理人が損保の顧問弁護士をしていた時代、損保側が鞭打ち患者に4年間も休業損害を払い続けたと言う事案がありました。被害者の職業はタクシー運転手でしたが、大変にまじめな方で、何度も、仕事をしようとましたが、仕事を続けることが出来ず、結局は失職してしまいました。
管理人は被害者の症状は鞭打ちと言うよりも精神的なものと判断しましたが、本人は鞭打ちと信じこんでいました。管理人は被害者と面談をしましたが、被害者は廃人のような生活をしており、鞭打ちについて考えさせられることの多い事件でした。

<補足説明、鞭打ち症被害者の被害者保護とは> 
民事上、交通事故における被害者保護とは「被害者に正当な賠償を得させること」に尽きます。鞭打ち症被害者においてもその理念には基本的に変わりはありません。

ところで、鞭打ち症の場合、治療が長期化し、Q9の設問のように被害者が失職し、社会復帰が困難になると言うことがしばしば見受けられます。そして、治療が長期化するのは医学的に必要であるからと言うよりも、被害者の心理的要因や医師の漫然治療による所が大きいと言う特色があります。

そうしたことから鞭打ち症被害者には「必要性の疑わしい治療が長期間、続けられることにより、被害者の社会復帰が困難にならないようにする」ことが特に考慮されなければなりません。

より端的に言うと、鞭打ち症被害者の被害者保護とは何かを考える際、「早期の社会復帰を実現する」と言う視点を持つことが必要であると言えます。また、その中で中心的役割を果たすのは医師と言うことになります。

このことは実は余りにも当たり前のことなのですが、実際には被害者保護とは「被害者の納得が行くまで治療を受けさせる」「いつまでも休業損害を払い続ける」ことであると考えられています。このような発想は、被害者の人生にとって何が一番大切か、忘れているとしか思えません 。

管理人の意見は3ヶ月あるはい6ヶ月で機械的に治療費や休業損害を打ち切るべきだと言う 意見と同じではありませんがそれは通院が長期化すると、心理的要因、医師の漫然治療等が疑われ、交通事故との相当因果関係に疑義が生じてくると言う見解につながります。このような考え方は鞭打ち症被害者の方に異論があるかも知れません 。

Q10
追突事故にあい、医師からは「頸椎捻挫」と言う診断を受けました。頚部の固定、牽引等通常の治療をしていますが、頚部痛、上肢のしびれ、痛みが持続し、事故から6ヶ月経過しても全く改善していなせん。転院したところ、中心性頚髄損傷と診断されました。中心性頚髄損傷とはどのようなものでしょうか。

A10
文字通り、頚髄の中心が損傷しているという傷病です。頚髄の中心部は主に上肢に行く神経線維が集まっており、下肢に行く神経は外側寄りですので、上肢の症状が顕著に現れるという傷病です。
中心性頚髄損傷は頸椎椎間板に加齢性の後方膨隆があり、椎間板と脊髄との隙間が狭くなっていて、僅かな衝撃で頚髄が損傷しやすい状態になっているため生ずることがよくあります。
そのような状態は椎間板の後方膨隆があることから「頸椎椎間板ヘルニア」と名づけられたり、また、脊髄を容れる脊柱管が狭くなっているので、「脊柱管狭窄症」と名づけられることもあります。
また、事故前になんらかの上肢、頚部の症状が存在した場合は「頸椎症性脊髄症」と傷病名がつきます。
このような事故により中心性頚髄損傷となりやすい要因(多くは加齢性の要因)は「素因」と呼ばれ、後縦靭帯骨化症なども「素因」の一つとしてしばしば診断書に登場します。

傷病名が「頸椎捻挫」か「中心性頚髄損傷」かは極めて重要なことです。後遺障害の等級に大きな影響があるからです。
多くの場合、整形外科医は交通事故と被害者から聞いて、「頸椎捻挫」として治療をします。しかし、症状が重く、改善もしないので、精密検査をしたところ、「中心性頚髄損傷」と判明することがあります。
「中心性頚髄損傷」と判明した時点において、事故から相当の年月が経過しているため、事故による後遺障害と認定されず、裁判をしても極めて不利な立場に立たされます。
医師は「頸椎捻挫」として治療しているため、カルテには事故直後から「頸椎捻挫」の症状のみ(頚部痛、頚部可動域制限、上肢のシビレ・痛み)程度しか記載されておらず、「中心性頚髄損傷」を窺わせる脊髄症状の記載はされていないからです。これでは裁判をしても因果関係の証明が事実上、不可能と言わざるを得ません。

整形外科医の中で「これは普通の頸椎捻挫ではない」と気付き、入院をさせ、中心性頚髄損傷としての治療を行う者は少数です。むしろ、鞭打ち被害者が激しい症状が生じていることを訴えても、聞く耳を持たず、漫然と治療を続ける者が多数です。
このような医師により被害者が圧倒的に不利な状況に置かれることがあります。そのためには転院をしたり、MRI等の精密検査をすることが必要です。

なお、NIROで中心性頚髄損傷として後遺障害が認定されるにはMRIのT2強調画像で高信号が認められることが要件です。
傷病名が中心性頚髄損傷で上記のMRI所見が認められる場合は9級以上、傷病名は中心性頚髄損傷だが、MRI所見が認められず、スパーリングテスト、ジャクソンテストが陽性の場合は12級、スパーリングテスト、ジャクソンテストの陽性所見も認められない場合は14級ないし非該当と認定されているようです。 但し、このあたりの基準はオープンにされておりません。

Q11
診断書に「前弯減少」と記載されていましたが、それはどのような意味があるのでしょうか。

A11
脊椎は横から見ると、頸椎で「前弯」、胸椎で「後弯」、腰椎で「前弯」と弯曲しています。
頸椎本来の「前弯」の程度が減少、喪失していることが「前弯減少」の意味です。
「頸椎垂直化」「後弯」も同じ意味です。
「前弯減少」は頸椎軟部組織の疼痛、筋緊張から生ずると言われ、その病的な意義に着目されていますが、逆の見解もあります。
体質的、体格的なものもあり、また、撮影時のちょっとした顎の出し引きで画像上、前弯が減少して見えることにあると言われています(井上久著、「むち打ち損傷と周辺疾患」自動車保険ジャーナル、41頁)。
2003年版、赤本253頁には平林洌氏(慶応医学部客員教授)の講演内容が掲載されておりますが、そこでは
・X線所見では経過良好例と不良例との間に異常所見、出現に著明な差はなかった
(※予後は悪いと言う外国の報告もある)
・若年女性ではむしろ、非前弯型弯曲が前弯型よりもはるかに頻度が高く、局所後弯も若年女性に比較的高率に認められた。
・外傷性頚部症候群患者及び健常者間で、非前弯型弯曲、局所後弯の頻度に有意差を認めなかった
との報告がされております。
そうしたことから、外傷性頚部症候群患者の前弯減少の病的意義は少ないと結論づけています。