人身  パート4

 

Q31
私は事故に遭い、大した怪我ではないと思い、加害者と示談をし、示談金も受領しましたが、その後、後遺障害が発生しました。加害者に対して後遺障害の損害を請求したところ、示談書には「今後、被害者は加害者に対していかなる請求もしない」と記載してあるから、請求には応じられないと言われましたが、示談をしてしまった後は何も請求ができないのでしょうか。

A31
示談書には通常、「被害者は加害者に対して、今後、一切の請求をしない」あるいは「被害者と加害者との間には示談書に定める以外、一切の債権・債務が存在しないことを確認する」との条項があります。これは示談により事件を最終的に解決することを目的とするものです。示談書にこのような条項が無ければ、紛争を蒸し返す事が可能になり、示談による最終的な解決と言う目的を達することが出来ないからです。

しかしながら、こうした条項があったとしても例外的に加害者に対する請求が可能な場合があります。
最高裁は以下のように判示しています。
「交通事故による全損害を正確に把握しがたい状況の下で、早急に少額の賠償金をもって、示談がなされた場合、示談よって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのみと解すべきであって、その当時予想できなかった後遺症等については、被害者は後日、その損害の賠償を請求することができる」

後遺障害が発生するかどうか分からない状態、あるいは当事者が後遺障害について全く関心を持たないまま、示談をしてしまった場合、被害者としては示談当時、考慮外であった後遺障害の損害賠償請求権を放棄すると言う意思までは持っていなかったと考えるのが自然でしょう。最高裁の判例は示談をする際のそうした、当事者の常識的な思いを重視して上記のような結論を導き出したのです。

あなたの場合、示談後、後遺障害が発生したのにその損害を考慮しないで示談したのですから、最高裁の言う「全損害を把握し難い状況の下で、早急に少額の賠償金をもって、示談がなされた場合」に該当し、後遺障害に基づく損害の請求は可能と考えられます。

以上のような被害者を救済する理論は存在しますが、念のため、後遺障害を除外して示談した場合、示談書には「後遺障害が発生した場合は、その損害につき、別途協議する」と言う条項を入れておく場合があります。また、後遺障害と言うのは自動車保険料率算定会で14級以上の認定がなされた場合ですから、「自賠責手続で後遺症の認定を受けた場合、後遺症に基づく損害賠償の請求が出来る」との表現をする場合もあります。

 

Q32
交通事故で負傷をし、治癒しましたが、現在、加害者側保険会社と交渉中です。やがて、事故から3年が経過しますが、交通事故による損害賠償請求権は事故から3年で時効にかかると聞きました。このまま示談が成立しないと時効で何も請求が出来なくなるのでしょうか。

A32
時効と言うのは一定の時間、権利を行使しない場合、「権利の上に眠る者」として権利を消滅させる制度です。

交通事故による損害賠償請求権は被害者が加害者及び損害を知った時から3年で時効になります。交通事故の場合、事故当日、加害者が誰かを知る場合が普通でしょう。また、負傷した場合、ある程度の継続的な治療が必要であることが事故当時に分かります。つまり、通常は事故日に「加害者」及び「損害」を知る事が出来るので、事故から3年で時効になると言われているのです(後遺障害についてはQ33で説明します)。

ところで、時効期間の経過は時効中断によって、消滅します。分かり易く言いますと、時効中断事由がありますと、それまでの時の経過は無意味となり、その時点から改めて3年、経過した時点で時効になると言うことです。

時効中断事由には幾つがありますが、重要なのは以下のものです。
1 裁判上の請求(訴訟の提起が代表例です)
2 催告(被害者が加害者に対して内容証明などで支払いを求めるのが代表例)
なお催告は6ヶ月以内に裁判上の請求をしないと無効になります。
3 承認(加害者が被害者に対して、損害賠償義務のあることを認めること)

さて、あなたの質問ですが、加害者側保険会社は加害者の代理人として示談代行をしているのが普通です。
そうした意味で加害者そのものと同視出来ます。また、示談交渉においては示談金についての被害者と加害者側保険会社の調整が行われるのですから、示談交渉の都度、加害者は損害賠償義務の存在を認めていることになります。つまり、示談交渉は加害者の債務の承認と考えられるのです。従いまして、時効は事故から3年では無く、最後の示談交渉から3年と言うことになります。

但し、加害者が自分が無過失だと主張している場合、被害者と加害者が話し合いをしてもそれは加害者が自分の損害賠償義務を認めたことになりませんから、承認があったとは言えません。また、そうした場合、解決金として加害者が金銭を払うことを申し出たとしても、それは法的な債務を認めた訳ではなく、一種の見舞金として支払うと言う趣旨であることが多いので、承認とは言えないでしょう。

いずれにしろ、時効と言うのは被害者に極めて厳しい制度であり、かつ、交通事故の場合、3年と言う短い期間ですので、不安を感じた場合は、時効中断手続をとることを検討し、また、直ちに法律相談をすべきでしょう。

<補足説明>
損害賠償請求権の時効は上記の通り、3年ですが、保険金請求(典型例、自賠責保険の保険金請求)は2年で時効となりますので、要注意です。

 

Q33
事故後3年間経過した時点で、後遺障害が認定されましたが、交通事故の損害賠償請求権は3年で時効になると聞きました。加害者ないし加害者側保険会社には損害賠償を請求できないのでしょうか。

A33
事故後の受傷に基づく損害賠償請求権の時効についてはQ32の通りですが、後遺障害については時効の起算点(3年間と言う時効の期間を数え始める時点)は異なっています。最高裁の判決は「後遺障害が顕在化した時点」から起算するとしています。しかし、「顕在化」と言うのはかなり曖昧な表現ですので、その後の下級審の判決は「症状が固定した時点」としています。下級審の中には「ほぼ固定した時点」と言う表現をしているものもありますが、これは症状固定の時点よりも若干、時間的に過去と言うことになります。  

後遺障害の認定は「症状が固定」「後遺障害診断書の作成」「自算会の等級認定」と言う順序で進んで行きますが、この3段階の内、一番最初の「症状固定」の時点ないしその少し前の時点が時効の起算点と裁判所は考えていると言うことになります。
後遺障害診断書には症状固定日を記載する欄がありますが、その症状固定日を「症状固定した時点」とする判決もあります。

通常は後遺症診断書に記載された症状固定日が「症状固定した時点」となるでしょうが、どのような場合でもそうなるとは決まっていないので注意が必要です。
また、被害者は自算会の等級認定が出て初めて、後遺障害慰謝料及び逸失利益を算定できるのでその時点が時効の起算点と考えがちですが、実務ではそれ以前の時点が時効の起算点とされていることに留意しなければなりません。

以上の通り後遺障害の時効の起算点は事故日からではないので、質問の後遺障害に基づく損害賠償請求権は時効にかかっているとは言えませんが、それ以前の部分(事故による受傷及び治療の部分)については後遺障害とは異なり、時効の起算点は事故日ですので、時効中断を検討をする必要があります。

 

Q34
私の夫は交通事故で負傷し、植物人間となり、現在も意識が戻らない状態です。後遺障害の等級も1級を認定されました。私は加害者側の保険会社と示談交渉中ですが、保険会社は私は事故の当事者では無いから示談は出来ないと言っています。どのような方法で示談をしたら良いでしょうか。

A34
示談は契約ですので、示談をする当事者は示談とはどのような行為であり、またどのような法律的な結果を生ずるか認識できる能力を有することが前提です。あなたのご主人はそのような能力を欠いている状態ですので、示談は出来ません。また、あなたは事故の当事者ではありませんのであなたを当事者とする示談も出来ません。

このような場合のために、従来は禁治産宣告、あるいは準禁治産宣告と言う制度がありましたが、その制度は廃止となり、平成12年4月1日から成年後見制度が始まりました。成年後見制度の概略は以下の通りです。
法定後見制度・・・・・・補助→軽度の精神上の障害の場合
保佐→判断能力が著しく不十分場合
後見→精神上の障害による判断能力の常況を欠く状態にある場合
任意後見制度・・・・・・将来自分が判断能力を失った時に備えて、契約で後見人を選任する制度

あなたのご主人の場合、意識が戻らない状態なので、「後見」を利用することになります。具体的な手続きとしては家庭裁判所に「後見開始の審判の申し立て」をします。家庭裁判所は後見開始の審判を下し、あなたのご主人を成年被後見人とし、成年後見人を選任します。成年後見人にはあなたもなることが出来ます。あなたがご主人の成年後見人になればご主人を代理して全ての法律行為をすることが可能になります。交通事故の示談もあなたがご主人の代理人としてすることが可能です。

 

Q35
私は事故に遭い負傷しましたが、事故直後、加害者の吐く息から加害者が飲酒運転をしていたと分かりました。その後、加害者側保険会社と示談交渉中ですが、加害者は酒は飲んでいなかったと言い始めてます。加害者の飲酒運転を証明するにはどのようにしたら良いでしょうか。

A35
過失相殺が問題となる事案では加害者の飲酒運転が加害者不利の方向に働く要素となります。従って、あなたが加害者の飲酒運転を証明することには過失割合を定める上で意味のあることです。

まず、道路交通法上の飲酒についてどのように定められているか整理をする必要があります。道路交通法では飲酒運転に関する次の条文があります。
以下は平成13年に改正された法律の説明です。

65条1項
何人も酒気帯びて車両を運転をしてはならない

117条の2、1号
65条1項の酒気帯び運転をした場合、酒に酔っ状態で(アルコールの影響で正常な運転ができないおそれのある状態)運転をしたものは 3年以下の懲役または50万円以下の罰金
※改正前は「2年以下の懲役または10万円以下の罰金」でした

117条の4、1項2号
65条1項の酒気帯び運転をしたもので政令に定める程度以上にアルコールを保有していたものは1年以下の懲役または30万円以下の罰金
※改正前は「3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金」

政令は次のように定められています。
血液→0.3mg/ml、呼気→0.15mg/l
※改正前は「血液→0.5mg/ml、呼気→0.25mg/l」

以上は大変、分かりにくいですが、要は
政令以上の数値で正常な運転が出来ない→117条の2、1号
政令以上の数値だが正常の運転できる→117条の4、1項2号
政令以下の数値だが酒に弱いものが正常な運転が出来ない状態で運転
→117条の2、1号
政令以下の数値で正常な運転が出来る→65条1項、処罰の対象でない

なお、人間は血液中には0.03mg/ml程度のアルコールを保有していると言われています。
さて、加害者が飲酒運転をしていたことを証明するためにはまず、刑事記録の取り付けが必要です。
加害者が起訴されており略式命令や本裁判になっている場合は、刑事記録を謄写・閲覧できますが、その中に飲酒検査の報告書なり鑑定書なりがある可能性があります。また、不起訴になった場合、刑事記録の謄写は実況見分調書以外は不可能ですので、端的に検察庁に「刑事記録中に飲酒検査の報告書は存在するか、存在するならばその内容を教えて欲しい」旨の弁護士照会をします。

検察庁により対応はバラバラですが、こうした照会に応じる場合もあります。また、加害者も負傷して、病院に搬送されていたならば、病院に対して「アルコール血中濃度の検査はしているか」と弁護士照会をすることが考えられます。病院側は加害者の同意がなければ回答できないと態度をとるところが殆どですが、回答してくれる所もあります。
以上のように加害者が不起訴になった場合は、飲酒運転を立証することが難しくなるのですが、検察庁や病院に弁護士照会をする価値はあると思います。

<補足説明>
あなたが飲酒運転をしていた場合、あなたが自分の車につけていた車両保険、搭 乗者傷害保険、人身傷害保険については保険金を請求することが出来ません。約款でそう定められているからです。

 

Q36
わたしは横断歩道を横断中、暴走してきた自動二輪車にはねられ負傷しました。自動二輪車の運転していたのは16才の少年で、その少年が盗んだものでした。少年には賠償能力が無いので少年の親に対して損害賠償をしたいと思うのですが可能でしょうか。

A36
民法は未成年者の責任につき次のように定めています。

未成年者の内、責任能力の無い者の不法行為
→監督義務者(通常は親)のみが責任を負う
未成年者で、責任能力がある者の不法行為→未成年者が責任を負う
但し、監督義務者の監督義務違反があり、それが原因で少年が不法行為に及んだ場合、監督義務者も未成年者と並んで責任を負う

ここで、責任能力とは事の善悪を判別出来る能力のことで過去の判例から推測しますと、12才位が責任能力の有無の分かれ目と考えられます。
この件の場合、自動二輪車を運転していた少年は16才であるので、責任能力が十分にあると言えます。

従いまして、自動的に親に責任が生ずる訳ではありません。親の責任の有無を論じるためには「監督義務者である親の監督義務違反があったか否か」と言う点について検討をする必要があります。仮に少年が過去にバイクを盗み、それを運転していたような事情がありましたら、親としての監督義務違反があったと言うことになるでしょう。このような場合、少年の親は「口頭で注意をしていた」と言うかも知れませんが、そのような注意は結果として効を奏しなかったと言えるので、監督義務を怠ってはいなかったと言えるかは疑問でしょう。

また、過去にバイクを盗んだことはなかったとしても日頃の素行が不良で、今回のような事件を起こすことが予想でき、しかも親が放任していた場合は同様に監督義務を怠ったと言えるでしょう。

逆に、少年は普段、真面目な生活をしており、今回のようなことは誰も予想できなかった言う場合は、親に監督義務違反は無かったと言う方向で考えるべきでしょう。

 

Q37
わたしは横断歩道を横断中、車に轢かれ、負傷しましたが、車は盗まれたものでした。車を盗んだ人は資力も無いので、車の所有者に損害賠償をしたいと考えていますが、車の所有者は「自分こそ被害者だ」と言って、全く責任を認めようとしません。車の所有者には全く責任が無いのでしょうか。

A37
車が盗まれ、盗んだ者が事故を起こした場合(人身に限定します。物損はまた別の考慮が必要です)、車の所有者には全く責任が無いのかが問題となります。この問題に関しては幾つかの考え方がありますが、実務で有力であるのは「第三者に車の運転を容認していたと見られてもやむを得ないような客観的な状況があった場合」責任を認めると言うものです。

例えば、車の所有者がエンジンキーを差し込んだまま、ドアも施錠せず、路上に駐車させて置いた場合などがその例です。
路上ではなく、第三者の出入りが自由な駐車場にそうした状態で車を放置していた場合も「第三者に車を運転を容認していたと見られる場合」と考えて良いでしょう。そのような状況で車が盗まれた場合、車の所有者が責任を負いますが、だからといって、所有者が永遠に責任を負うと言うわけではありません。

所有者の責任が何処まで及ぶかについては所有者が盗難届を出したか、車を盗んだ者の意思が返還予定だったか、乗り捨て予定だったかと言うことも考慮しなければなりませんが、盗難から事故まで時間的、場所的にどれだけ近接しているかも重要と考えられます。

判例では盗難から事故までが10分〜20分の事案で車の所有者の責任を肯定。また1時間40分の事案でも車の所有者の責任を肯定したものがあります。逆に、盗難から事故まで4日が経過している事案については否定、1時間20分後でも車の所有者の責任を否定した判例もあります。最高裁の判例では2時間後の事案について否定したものがあります(昭和48年12月20日)。

以上から、盗難から10分〜20分なら車の所有者の責任は認められ、数日間経過した場合は否定される場合が多いと考えられます。その中間の、数時間経過した場合については判断が微妙になって来るようです。いずれにしましても、あなたが車の所有者の責任を追求するためには、車がどのような状態で盗まれたか、盗まれてから、事故まで場所的・時間的にどの位離れているかをまず、調査する必要があります。

 

Q38
わたしは事故で負傷し、病院で手術をしましたが、その際の輸血で肝炎になりました。そのため、入院期間が延び、また、肝炎のウィルスの保有者となりましたが、肝炎によって延びた入院期間の分の治療費、休業損害は加害者に請求できるのでしょうか。

A38
肝炎にはウィルスのタイプによってA型、B型、C型、E型があります(D型は我が国では無いと言われてます)。また、発熱などの風邪に似た症状や黄疸などの症状が急激に現れてくる急性肝炎とはっきりとした症状が現れない状態が何十年も続く慢性肝炎があります。輸血の際に肝炎に罹った場合は殆どがC型と言われています。

交通事故により負傷し、手術が必要となり輸血をして肝炎となった場合、その間の治療費や休業損害が交通事故によるものではないと因果関係を争い、加害者側保険会社が支払いを拒否することがあります。

この問題について以下のような判例があり、参考となります。これは脾臓摘出手術が必要になった被害者が輸血をした際、肝炎になった事例です。
「右肝炎は本件交通事故によって直接生じたものでは無く、原告が脾臓摘出手術を受けた際なされた輸血が原因となった起こったものであり、被告らは事故との因果関係を争っているが・・・・・・本件事故を原因とする脾臓摘出手術のために輸血が必要であったことが認められ、また輸血により肝炎が併発したことが医師の過失によるものと認めるに足りる証拠も存しないから、本件事故と肝炎との間には相当因果関係が存在する」(岡山地裁 平成3年9月20日)

上記の判例では事故と肝炎との因果関係を肯定し、加害者側に肝炎による入院分の支払いを認めています。この判例で気になるのは肝炎を併発したことが「医師の過失によるものでは無い」ことを因果関係を肯定する理由の一つに挙げていることです。

仮に、病院や医師に過失があったならば因果関係は認められないのでしょうか。この問題は交通事故と医療過誤が競合する場合、交通事故の加害者や病院・医師はどの範囲で責任を負うかと言うテーマで論じられることがあるのですが、実務上、定着した考え方と言うのは未だ無いようです。

これは私の個人的意見と理解して頂きたいのですが(つまり、裁判で主張しても認められるとは保証できないと念頭に置いて頂いた上で)以下のように考えています。まず、医療過誤と言っても医学上の微妙な判断を誤った場合もありまた、信じられないような重過失の場合もあります(実際に起こった例としては「患者の取り違え」、「消毒薬を点滴する」等)。医師・病院側に後者のような重大なミスがあり、それが原因で被害者に重大な結果を生じさせたと言う場合、その責任まで交通事故に加害者に負わせることは極めて酷であり、病院・医師が責任を負うべきでしょう。

一方、そうでない場合は交通事故の加害者も病院・医師も双方ともその結果に全面的に責任を負うべきと考えられます。
また、以下の判決は交通事故の被害者が手術の輸血により激症肝炎により死亡したと言う事案ですが以上の結論と同様と考えられます。
「被害者の死亡について治療に当たった医師に過失があり、医師・医療機関においても不法行為責任を負う場合であっても、特段の事情が無い限り、医師と被告(加害者)とは不真正連帯債務の関係に立つものと認めるのが相当である」(仙台地裁 平成6年10月25日)

要するに医師・病院の過失の有無を問わず、特段の事情が無い限り(恐らく、上記で述べたような医師・病院側の重過失により重大な結果が発生した場合で無い限りと言う意味)、交通事故の加害者には全面的な責任があるのだと言っているのです。
従って、本件の場合は病院・医師側に特段の事情があったとは言えないような場合のようですので、肝炎による入院分の損害についても加害者側の賠償責任が生ずると言えます。

 

Q39
わたしの夫は交通事故により、負傷し病院で手術をしましたが、MRSAに罹り、死亡しました。加害者側保険会社はMRSAによる死亡と交通事故とは因果関係が無いから死亡を原因とする損害については支払えないと主張していますが、その主張は正しいのでしょうか。

A39
医療過誤の分野ではMRSA関係の判例が出ていますが、交通事故においてはこのような判例が未だ、見あたらないので、この事例を取り上げました。
MRSAとはメチシリン耐性黄色ぶどう球菌の頭文字をとったものです。その名の通り、メチシリンと言う抗生物質に耐性のある、つまりメチシリンが効かない黄色ぶどう球菌ですが、メチシリンだけでは無く、通常、用いられる抗生物質の多くが効きません。そのため、感染するとその治療は困難です。

MRSAはふつうの黄色ぶどう球菌と同様、健康な人の皮膚や鼻腔に存在しています。健康な時には抵抗力があり病気にはならないのですが、身体の抵抗力が低下すると菌が異常に繁殖し、病原性を発揮し、感染します(日和見感染と言われます)。
MRSAの感染を受けやすいのは未熟児、高齢者、手術後等々です。また、病院内にはMRSAが多いので、院内感染も起こります。
しかし、医療過誤の判例では「感染源、感染経路が不明である」とし院内感染の証明が出来ず、医師・病院の責任を否定したものが多く見受けられます。

本件の事例のように交通事故で被害者が入院し、MRSAに感染した事案は判例には現れていませんが、実際には相当多くの事例があるのではないかと想像されます。

ところで、このような場合、加害者側の責任範囲としてはQ37で述べた所が妥当するのではないでしょうか。(肝炎をMRSAと読み替えるだけで事案の本質は同じだから)
つまり、医師・病院側の過失の有無にかかわらず(院内感染が立証されたか否かにかかわらず)、加害者にはMRSAの感染による責任が生ずるものと考えられるのです。だとするとあなたの夫の死亡による慰謝料や逸失利益を請求することが可能です。

加害者側保険会社が事故と死亡との因果関係を否定するのであれば自賠責保険の被害者請求を試みるのも一つの方法です。自賠責保険では因果関係が認められたならば死亡による自賠責の保険金額が支払われます。また、因果関係の有無の判断が困難な場合は50%減額された保険金額が支払われます。

自賠責保険で因果関係が認めたならば任意保険会社も因果関係を認めやすくなり、示談交渉も可能になると考えられます。自賠責保険で因果関係無しとして保険金が支払われなかった場合は訴訟による解決しか無いでしょう。
なお、この問題については判例等がまだ無く、特に議論もされていない状態ですので、私の個人的な見解と言うことで理解下さい。

 

Q40
わたしは交通事故で腰の骨を折り、後遺障害が残りましたが、それから暫くして事故のことが悪夢に現れたり、不眠、頭痛に悩まされるようになりました。精神科医からは交通事故による心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されましたが、PTSDに基づく後遺障害は請求が出来るのでしょうか。

A40
人が死に脅かされるような強烈な恐怖体験をした場合、その後、心身に不調を来たすと言うことが知られてます。
こうした症候群は心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder略してPTSD)と呼ばれています。平成10年にPTSDを後遺障害として認定した最初の判例が出ました(横浜地判 平成10年6月8日)。従いまして、一般論としては交通事故によりPTSDになったと言うことが立証できたなら、後遺障害と言うことが出来るでしょう。

しかし、PTSDによる後遺障害損害を求めるならば、次のハードルをクリアする必要があります。
1 正式な診断基準でPTSDと認めらているか
2 交通事故とPTSDの因果関係は証明できるか
医師の診断書があると言うことですが、医師に専門的な知識があるか、「交通事故によるPTSD」と診断されたならば、どのような根拠でそう診断したかが問題となります。

次に、交通事故との因果関係を証明する上で最も重要であるのは事故による負傷の程度でしょう。被害者が打撲症、座骨骨折した事案では「通常よくある交通事故にあったものであり右の恐怖体験(ベトナム戦争での戦闘の体験、バスジャックにあって生き埋めの危険にさらされた子供の体験等)とは同質とは言えないから被害者の症状はPTSDとは言えない」(東京地判 平成6年7月28日)とされていることに留意する必要があります。

また、PTSDはストレスのあった期間の終期から6ヶ月以内に現れるとしていますが、  そうした期間的な要素は因果関係を証明する上で重要と考えられます。但し、上記の横浜地裁の判決は事故後5年経過して発症したPTSDが交通事故と因果関係があるとしており、機械的に「6ヶ月」と言う期間で線引きをしてはいませんが、勿論、そうした判断には医学的な見解とは異なっていると言う批判もあります。

交通事故以外にもPTSDを発症・拡大する要素が無かったかも考慮する必要があります。
上記の横浜地裁の判決では被害者は夫・兄との死別、父の行方不明を体験し、また、育児に対する不安等があったため、果たして被害者の精神的な症状は交通事故によるものか、疑問無しとは言えない事実関係もがあり、裁判官が違えば、また異なる判断がなされた可能性もあった事案です。

3 後遺障害に基づく、労働能力喪失の程度及び労働能力喪失期間
上記の横浜地裁の判決は7級の神経症状に該当するとしました。しかし、PTSDの専門家の中には「PTSDは適切な治療をしたならば短期間に治る」と言う意見もあり、訴訟になった場合は症状の程度や継続性がどの程度、立証できるかも問題となって来るでしょう。