交通事故電脳相談所TOP

連載 判決で弁護士費用が認められた場合における弁護士費用特約


<第1回> 問題的の指摘

弁護士HPでは弁護士費用特約があると弁護士報酬をカバーできると書かれています。果たしてそうでしょうか。以下の例で考えてみます。
被害者(被保険者)が弁護士に訴訟を委任、弁護士費用特約から100万円の着手金が支払われました。判決は5500万円で5000万円が慰謝料、休業損害、逸失利益等で500万円が弁護士費用で、5500万円が加害者から被害者に支払われました(遅延損害金は除きます)。

被害者と弁護士との委任契約によると報酬金は200万円となるので、被害者は200万円を自分の損保に特約から支払うよう伝えた所、損保からは次のような回答が来ました。
500万円が弁護士費用として加害者から支払われている。そのため、特約から支払うと、加害者からの支払いと2重の支払いとなる。
従って、既払いの着手金の100万円は損保に返還して貰う、報酬金の200万円は特約から支払うことはできない。
つまり、損保の見解は上記の例では被害者が特約をつけていなかったと同じ結論となります。

多くの弁護士HPでは弁護士費用特約があれば弁護士報酬の自己負担はない・・・と説明されております。加害者側から弁護士費用500万円支払われたとは言え、特約がないのと同一の結論を認めることは「自己負担がない」と言えるでしょうか。そもそも、弁護士費用の500万円は加害者側から被害者側(被保険者)に支払われたものであり、そこから300万円の弁護士報酬を支払うことは被害者側(被保険者)が自己負担することにほかならないと私は考えております。弁護士費用特約とはそうしたことも考慮した上で、被保険者に保険金を支払う保険ではないでしょうか。

実は裁判では損保の見解を追認する判決が下され確定しています。しかし、判決が常に正しいとは限りません。また、損保のよっては異なる取り扱いをしているところもあると思います。この問題については考察を続けて行く予定です。

<第2回> 対応原則が成り立つか
加害者から被害者(被保険者)に損害賠償の一部として支払われる弁護士費用と被害者(被保険者)が弁護士との委任契約に基づき発生する弁護士報酬とは果たして「同じ」と言えるのでしょうか。

「同じ」と言う意味を車両保険を例にとって説明すると損保が被保険者に支払う修理代相当額の保険金と被保険者が加害者に対して有する修理代相当の損害賠償請求権の関係は間違いなく「同じ」と言えます。この同一性がある時は「対応原則」が成り立つと表現されます。双方の債権が「同じ」である以上、被保険者の損保に対する保険金請求と加害者に対する損害賠償請求は両立しません。従って、損保が車両保険金を支払った場合は被保険者の権利を代位することになります(請求権代位)。「対応原則」は「請求権代位」と表裏の関係にあります。

一方、弁護士費用は加害者と被害者(被保険者)との法律関係(不法行為)で生じ、また、弁護士報酬は被害者(被保険者)と弁護士との法律関係(委任契約)で生じます。2つの権利は法律的性格が異なり、額も異なっています。また、弁護士報酬の発生により弁護士費用が発生することから、原因と結果の関係にあると言え(相当因果関係)、関連はあるにせよ「対応原則」が成り立っているか疑問があります。

大阪地判平成21年3月14日も「被告は弁護士費用が原告の加入する任意保険の弁護士費用特約保険金によって賄われる旨を指摘して、原告に弁護士費用相当の損害金は発生しない旨主張する。しかしながら、この保険金は原告(保険契約者)が払い込んだ保険料の対価であり、保険金支払義務と損害賠償義務とはその発生原因ないし根拠において無関係と解されるから、被告の主張は採用できない」と判示しており、この判例も2つの債務の無関係性を認めています。

微妙な問題ではありますが、私は弁護士費用と弁護士報酬の間には「対応原則」が成り立たないという解釈が正しいと考えております。私が訴訟の相手とした損保の考え方及び裁判所は「対応原則」が成り立つという見解に立っています。

特約は弁護士費用ではなく弁護士報酬を担保する保険です。だとすると私の考え方からすると弁護士費用が支払われても、弁護士報酬とは無関係なのだから、特約から保険金が支払われるべきということになります。

<第3回> 車両保険との比較
第2回でも少し触れましたが、車両保険と弁護士費用特約を比較することが特約の理解を助けます。この点につき更に詳しく説明したいと思います。
被害者(被保険者)が加害者に対して、例えば交通事故に基づく自車が損傷したことよる修理代相当の損害賠償を請求することができる場合、被害者(被保険者)は車両保険の請求もすることが可能です。車両保険の填補の対象は被害者(被保険者)の修理代相当の損害ですので、車両保険金を支払うことは、加害者に代わって第3者である保険会社が加害者が負う損害賠償債務を弁済することを意味します。その結果、保険会社が被害者に代わって、加害者に対する損害賠償ができるようになります(請求権代位)。つまり、被害者(被保険者)の加害者に対する損害賠償請求権が保険会社に移転します。そのため、被害者(被保険者)の損害賠償請求権を行使することができなくなります。

弁護士費用も物損の修理代と同様、不法行為法によって発生します。交通事故で損害を受けた被害者(被保険者)は加害者に対して慰謝料、逸失利益等の損害賠償請求権を有し、大体、その1割が弁護士費用として加算されます。この弁護士費用は不法行為による損害賠償請求権の一項目です。
車両保険では不法行為に基づく損害賠償請求権を填補するものでしたが、弁護士費用特約は委任契約に基づく弁護士報酬を担保するもので、弁護士費用ではありません。2つの保険には構造的な違いがあると言えます。それ故、特約に基づき保険会社が被害者(被保険者)に保険金を支払ったからと言って、保険会社が加害者に代わって、被害者(被保険者)に弁護士費用を支払ったと言えません。

車両保険では法的実体が一つであって、被害者(被保険者)対加害者の法律関係と被害者(被保険者)と保険会社の法律関係は一つの実体を異なる面から観察しているに過ぎません。しかし、弁護士費用特約に関連する法的実体は被害者(被保険者)対弁護士と被害者(被保険者)対加害者の関係からそれぞれ独立して生じており、法的実体は2つあることになります。しかし、その2つの法的実体が全く無関係ではなく、関連性を有していることから、そもそも特約は何を担保対象としているのかにつき混乱が生ずることになります。

<第4回> 特約の担保対象は弁護士費用ではなく弁護士報酬
弁護士費用特約は弁護士費用ではなく弁護士報酬を担保する保険であることは約款の文言からも明らかです。
約款では担保対象の費用につき、以下の通り規定しています。
「前項おける費用(交通事故によって被保険者が負担する費用、その費用を負担して被る損害に対して特約は保険金を支払うと定めています)とは、あらかじめ当会社の同意を得て弁護士、裁判所またはあっせん・仲裁機関(中略)に対して支出した弁護士報酬、訴訟費用、仲裁、和解または調停に要した費用であって・・・」
この文言から特約の担保対象が被保険者と弁護士との委任契約に基づいて生ずる弁護士報酬であることははっきりしております。

裁判所が判決で認める弁護士費用は損害額の大体1割とされておりますので、損害額数万円~数十万円の物損では弁護士費用は数千円~数万円にしかなりません。弁護士に依頼してその程度の額が付加されても費用倒れになるので(弁護士報酬は少額事件でも20万円~30万円です)、弁護士費用特約が販売されてという経緯があったと考えられます。
「もらい事故でも安心です」という特約のキャッチフレーズからも基本的には少額事件で被害者が弁護士に依頼しても費用倒れにならないための保険ということが推察できます。そのためには弁護士費用ではなく、弁護士報酬を担保の対象としなければならなかったと言えます。

<第5回> 代位とは
いよいよ、特約の約款について検討したいと思います。
損保側の主張の根拠の一つは「代位」と題された次の約款です。
「被保険者が他人に第1条2項に規定する費用を請求することができる場合には、当会社は、その損害に対して支払った保険金の額の範囲内で、かつ被保険者の利益を害さない範囲で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。」
この約款は「請求権代位」と呼ばれる規定で、車両保険にもあります。

損保側の主張ではこの約款から、弁護士報酬(着手金、報酬金)として特約から保険金が支払われた場合、被害者の加害者に対して有する弁護士費用請求権(不法行為に基づく損害賠償請求の一項目)を被害者に代わって加害者に請求できるということになります。
勿論、被害者が加害者に対して弁護士費用請求権を放棄するという場合、例えば示談による解決の場合、代位の対象となる権利が無いことになります。
一方、判決による場合、弁護士費用が認められるので、代位の対象となる権利は存在し、損保は被害者(被保険者)に支払った保険金の限度内で代位するということになります。

請求権代位の規定は車両保険との比較からも明らかなように、被保険者が2重の利得を取得することを禁止する趣旨で設けられています。従って、請求権代位の規定が特約に存在することは被害者(被保険者)が加害者から弁護士費用の支払いを受け、かつ、損保が特約に基づき保険金を支払うことは2重の利得となることを意味する、それ故、加害者から被害者に弁護士費用が支払われたならば、損保は保険金を支払う必要はないという結論となります。

以上が損保側の主張の要点ですが、果たしてそう言えるのか、また、「代位」の規定はそのような趣旨のものであるのかが問題となります。

<第6回> 代位規定の意味するもの
損保側の見解は特約に「請求権代位」の規定が存在するから、特約に基づく保険金と弁護士費用の両方を被害者(被保険者)が取得することは2重の利得となる・・・という論理です。
しかし、この論理は成り立たないと思います。
<第3回>で述べたように特約が担保する弁護士報酬と弁護士費用は「対応の原則」が成立しないのだから、2重の利得とはならないという考え方が正しいと思います。従って、損保が主張するような代位規定の適用はあり得ないということになります。

端的に言うと、損保の論理は根拠(代位規定が存在する)と結論(2重の利得となる)が逆になっていると言わざるを得ません。まず、2重の利得となるか否かが問われて、答えがYESならば、代位規定の適用があるということになり、NOならば代位規定の適用がないと言う論理が正しいのです。

それならば、私の見解では代位規定は空文になるのではないかと、問われる方もおられるかも知れません。これに対しては、以下の通り、答えることができます。
特約の担保対象は弁護士報酬だけではありません。弁護士報酬とは全く性格の異なる訴訟費用も担保対象となっております。
訴訟費用は訴訟提起の際、裁判所に納入する印紙代が主要なものです。
和解で解決したならば、「訴訟費用は各自の負担とする」となりますが、判決の場合は分担割合が決められます。被害者(被保険者)が勝訴したならば「訴訟費用は被告(加害者)が負担する」と判決に記載されます。

特約から訴訟費用が被害者(被保険者)に支払われて被害者が提訴し、訴訟が判決まで行き、被害者が勝訴した場合、上記の通り、訴訟費用は被告(加害者)が負担することになります。そのため、訴訟費用につき、被害者(被保険者)は2重に利得をすることになり、損保は被害者に代位して、被告(加害者)に訴訟費用分の請求権を取得することになります。被害者が一部勝訴したならば、判決に記載された割合で代位することになります。

以上の通り、特約の代位規定は「訴訟費用」に関するものであるというのが私の見解です。
 

<第7回> 損保・裁判所の代位規定の解釈の欠陥
代位の約款を根拠として、加害者側から支払われた弁護士費用を、特約の保険金から控除できるならば、特約は大きな欠陥を有することになります。

弁護士費用が認められるのは判決の場合が一般的ですが、和解の場合でも弁護士費用が全部ないし一部、認められることがあります。また、示談では弁護士費用を損保側が認めることはありませんが、加害者側が弁護士費用を自己負担する形で認めることは可能性としてあり得ます。
つまり、判決、訴訟上の和解、示談のいずれの解決形式においても、加害者側が弁護士費用をみとめ、被害者側(被保険者)に支払われることが確実、あるいは可能性があるということになります。

そうしますと特約では弁護士報酬を担保するとうたいながら、現実には弁護士費用を控除した保険金を支払うことになり、原則に対し、広汎な例外が生ずることになります(特約の欠陥というのはこのことです)。特約でこのような結論が元々、予定されているならば、保険契約者・被保険者は保険については詳しくない素人ですので、誤解を招かないように、特約にその旨を明らかにした約款を設ける必要があります。そうした規定を設けず、代位規定から保険の素人が損保と同じ結論を導き出すということは困難であると思います。
このことは代位規定に基づき、弁護士費用と特約の保険金を支払うことは2重払いになるという解釈は特約自身が予定しているものではないと考えられます。

また、代位の約款が「判決の場合に弁護士費用が支払われた場合」だけに限定していると解釈することも可能ですが、おそよ交通事故被害者が弁護士に依頼した場合、訴訟を提起し、判決に至る可能性は大きいのですから、原則に対し、広汎な例外が生ずることには変わりはありません。

<第8回> 保険金返還条項とは

特約には以下の「支払保険金の返還」と呼ばれる約款が存在します。
1 当会社は、次の各号のいずれかに該当する場合は、被保険者に支払った保険金の返還を求めることができます。
(1) 弁護士への委任の取消等により被保険者が支払った着手金の返還を受けた場合
(2) 第1条(この特約による支払責任)第1項の事故に関して被保険者が提起した訴訟の判決に基づき、被保険者が賠償義務者から当該訴訟に関する弁護士費用の支払いを受けた場合で、次の(ロ)の額が(イ)の額を超過する場合
(イ) 被保険者が当該訴訟について弁護士に支払った費用の全額
(ロ) 判決で認定された弁護士費用の額と当会社が第1条の規定により、すでに支払った
保険金の合計額
2 前項の規定により当会社が返還を求める保険金の額は次の各号に定める通りとします。
(1) 前項第1号の場合は返還された着手金の金額に相当する金額。ただし、第1条の規定により支払われた保険金のうち、着手金に相当する金額を限度とします。
(2) 前項第2号の場合は超過額に相当する金額。ただし、第1条の規定により支払われた保険金の額を限度とします。

以下、1(2)を略して「保険金返還条項」と呼ぶことにします。
さて、保険金返還条項を機械的に適用すると<第1回>冒頭の設例では以下の通りとなります。
(イ)・・・100万円
特約から被保険者に着手金として100万円支払われて、更に弁護士に支払われたのですから、100万円ということになります。
(ロ)・・・600万円
500万円が弁護士費用として認められ、加害者から被害者に支払われております。また、着手金である100万円を特約から支払っています。従って、合計は600万円となります。

2(2)では(ロ)の額は(イ)の額を500万円超過しておりますが、支払われた保険金の限度で返還条項が適用されるので、被保険者が損保に返還する額は100万円ということになります。

次に以下の問題が生じます。
・報酬金の200万円を特約に請求できるか。
・和解で弁護士費用が認められ、被害者に支払われた場合はどうなるか。
・返還する保険金に訴訟費用分は含まれるか。
・「保険金返還条項」を機械的に適用して、上記の例で着手金相当の保険金100万円を返還しなければならないことは問題がないか。

私が関与した訴訟の判決においては、報酬金の200万円については損保は被保険者に支払義務を負うものではないと判断しました。
つまり、「保険金返還条項」は返還のみだけではなく、支払義務も定めたものであるという解釈です。
これについては、更に考えて行きます。

<第9回> 保険金返還条項の可能な解釈
「保険金返還条項」については以下の解釈が可能です。

A説 
代位の規定により弁護士報酬に相当する保険金と加害者から支払われる弁護士費用(損害賠償の一項目)を双方被害者(被保険者)に支払うことは2重払いとなる。
また、保険金返還だけではなく、今後の支払義務も定めている。
判決だけではなく示談、和解により弁護士費用が支払われた場合も2重払いとなる。

B説
代位の規定により弁護士報酬に相当する保険金と加害者から支払われる弁護士費用(損害賠償の一項目)を双方被害者(被保険者)に支払うことは2重払いとなる。
また、保険金返還だけではなく、今後の支払義務も定めている。
但し、判決で弁護士費用が支払われた場合に限定する。

C説
代位の規定により弁護士報酬に相当する保険金と加害者から支払われる弁護士費用(損害賠償の一項目)を双方被害者(被保険者)に支払うことは2重払いとなる。
また、保険金返還だけを定めており、今後の支払義務は定めていない。
但し、判決で弁護士費用が支払われた場合に限定する

D説
代位の規定により弁護士報酬に相当する保険金と加害者から支払われる弁護士費用(損害賠償の一項目)を双方被害者(被保険者)に支払うことは2重払いとはならない。
また、保険金返還だけを定めており、今後の支払義務は定めていない。
但し、判決で弁護士費用が支払われた場合に限定する

私の見解はD説です。損保、裁判所の見解はA説またはB説です(どちらかというとB説)。
C説とD説は結論として同じように思えますが、検討が必要です。

A説、B説、C説は<第2回>で述べた「対応原則」が成り立つとの立場ですが、D説は成り立たないとの立場です。解決形式についてはA説は限定しませんが、B説、C説、D説は判決に限定します。保険金の返還だけではなく、支払義務も定めているとするのがA説、B説で支払義務までは定めていないとするのがC説、D説です。

A説では代位の規定により当然に「保険金返還条項」の効果が発生するとの立場です。
保険金返還条項」は注意的、例示的な規定となります。
B説、C説は代位の規定により広がり過ぎる「保険金返還条項」を制限する規定ということになります。
D説では「保険金返還条項」の効果は代位の規定から発生しないので、特別・例外的に定めて規定ということになります。

<第10回> 各説の検討
A説、B説、C説は特約の支払い対象の弁護士報酬と弁護士費用は対応の原則が成り立つとの立場であるので妥当ではありません。

その点以外についてもA説では<第7回>で述べたように特約で弁護士報酬を担保するといいながら、広汎な例外が生ずることになり、保険契約者、被保険者に予想外の不利益を与えることになるので取りえない見解です。また、そもそもA説では「保険金返還条項」は代位規定から当然に導かれるのでそうした約款の存在理由はないということになります。
敢えて、「保険金返還条項」を置いた理由の説明がつきません。

B説は判決と和解の場合で差が生じます。
弁護士費用を含む形で和解が成立した場合は、被害者(被保険者)は特約に基き支払われた着手金相当分の保険金の返還は不要で、また、損保は今後の報酬金を支払う義務があることになります。しかし、判決の場合は弁護士報酬から弁護士費用分が控除されることになります。その結果、<第1回>の設例のような場合は、被害者(被保険者)に着手金相当分の保険金の返還義務が生じ、損保側は報酬金相当の保険金支払義務を負わないことになります。
つまり、判決と和解が同じ内容でも、解決の形式的な違いのみで、特約からの支払いがあるか否かにつき異なる結論となります。
また、一審で和解が成立したか、判決になったか。控訴審で和解が成立したか判決になったかでその都度、結論が変ることになります。つまり、被保険者が不安定な地位におかれることからもB説は妥当でないと言えます。

さらにB説は代位を「保険金返還条項」を判決の場合に限定するとしながら、文言を超えて返還だけでなく、支払義務まで射程に置くものであり、解決形式では「限定」、保険金の支払いでは「拡張」をするものであり、法律解釈としては筋が悪いと言わざるを得ません。

C説、D説では「保険金返還条項」はあくまで被害者(被保険者)に支払われている保険金(常識的には着手金相当分)の返還を判決の場合に限って、認められることになり、損保の今後の支払義務(常識的には報酬金相当の保険金)については影響がないことになります。C説、D説でも和解と判決の場合に異なる結果となりますが、B説よりも結論の奇妙さは減少すると言えます。
また、C説、D説では着手金0円として成功報酬契約とするか、着手金を被保険者が自己負担とすることにより、保険金の返還という事態は生じないことになり、被保険者の地位は安定します。

<第11回> 「保険金返還条項」の限定解釈
ところで、D説と「保険金返還条項」は矛盾します。本来、D説からは「保険金返還条項」はあってはならないのですが、弁護士報酬と弁護士費用は相当因果関係にあり、全く無関係ではないことから、特別・例外的な規定として創設したと言えます。そのため、適用範囲は最小限にする必要があり、そこから「保険金返還条項」は文字通り保険金の返還に限定し、支払義務には及ばないという解釈となります(せめて、着手金分の保険金を上限額として返還して貰うということです)。

ただ、そのような解釈にも疑問があります。そもそもD説からは返還する必要がない保険金を返還しなければならないのは単に弁護士報酬と弁護士費用が相当因果関係にあるという理由だけで足りるか、保険や法律に詳しくない被保険者、保険契約者に不測の損害を与えるのではないかという問題があります。一旦、支払われた保険金を被保険者が返還しなければならないというのはよほどの事態が生じていなければならないのではないでしょうか。さらに、<第10回>で述べた通り、D説でも判決と和解の場合に異なる結論となる問題点があり、その問題点の解消も必要です。

ここで損保ジャパンの特約が参考となります。損保ジャパンの弁護士費用特約には「保険金返還条項」が規定されていません。
その代わり第4条(保険金を支払わない場合-3)で以下のような定めがあります。
(1) 略 
※(1)はどの特約にも規定されているものです。
(2) 当会社は保険金請求権者が社会通念上不当な損害賠償請求またはこれにかかわる法律相談を行う場合は、それにより生じた費用に対しては保険金を支払いません。

「社会通念上不当な損害賠償請求」(以下、濫用事例と言います)とは何を意味するのでしょうか。考えられるのは保険金詐欺の類の訴訟、詐病や偽造した所得証明による損害賠償が考えられます。
あるいは被害者(被保険者)が証拠がない等で敗訴することが明らかな場合、弁護士が着手金を得る目的で損害賠償をする場合も考えられます(業界では着手金泥棒と呼びます)。このような場合、一旦、特約から被保険者に保険金が支払われても損保側が「社会通念上不当な損害賠償」であることを証明したならば、保険金を返還すべきことになります。

D説では適用範囲を狭く解するのが合理的であるという理由や、保険の素人である保険契約者、被保険者を保護するため、また、和解と判決の場合に同一の結論となるように、「保険金返還条項」を文字通り適用するのではなく、損保ジャパンの約款のように濫用事例に限定するのが今後の課題ではないかと考えられます。
※現在の「保険金返還条項」をそこまで限定解釈するのは困難です。
※損保ジャパンの特約にも「代位」の規定があるため、濫用事例の規定との関係が問題となります。

<第12回> 「保険金返還条項」は訴訟費用に及ぶか

<第1回>の設例で特約から保険金が支払われたが、訴訟費用として30万円、着手金として70万円の合計100万円であったとします。
判決で訴訟費用の3分の2(20万円)を被告(加害者)が負担することになったとします。

私の考え方からは<第6回>で述べた通り、訴訟費用については請求権代位の適用があり、被告(加害者)から被害者(原告、被保険者)にバックされた訴訟費用を保持することは2重の利得となるので、20万円を損保に返還することになります。

これに対し、「保険金返還条項」を文言通り適用すると以下の通りとなります(<第8回>を参照して下さい)。
(イ)・・・70万円  被保険者が弁護士に支払ったのは着手金分の70万円のみです。
(ロ)・・・600万円 特約から支払われた保険金は100万円、弁護士費用の500万円の合計です。   
そうすると(ロ)は(イ)を530万円超過しており、支払われた保険金の限度である100万円を被保険者が返還することになります。
つまり、特約から支払われた訴訟費用分全額の保険金を返還することを意味しています。
損保・裁判所の考え方は恐らく以上のようなものです。

しかし、A説、B説からも、着手金分の保険金70万円は弁護士費用の500万円と2重払いになるとしても、訴訟費用分の保険金30万円は弁護士費用とは2重払いとはならないはずです。それ故、返還額が30万円というのは妥当な結論ではありません。
「保険金返還条項」で文言通り適用すると、結論として合理性に欠ける結果となります。

D説からは弁護士費用と弁護士報酬相当の保険金は重複せず、「保険金返還条項」は両者の間に相当因果関係があるため、創設されたものであるという見解ですので、訴訟費用は「保険金返還条項」の対象から外すべきであるということになります。

<第13回> 訴訟費用の返還が必要ない場合
<第1回>の設例を少し変えます。
被害者(被保険者)が弁護士に訴訟を委任、弁護士費用特約から30万円の訴訟費用と70万円の着手金が支払われました。判決は5500万円で5000万円が慰謝料、休業損害、逸失利益等で500万円が弁護士費用で、5500万円が加害者から被害者に支払われました(遅延損害金は除きます)。
また、判決では訴訟費用の3分の2(20万円)が被告(加害者)が負担することになりました。
被害者(被保険者)と弁護士の委任契約によると報酬金は400万円であったため、弁護士は損保に200万円(特約の限度額は300万円)、被害者(被保険者)に200万円を請求しました。
<第12回>の私の見解によると、被告(加害者)負担となった訴訟費用20万円を損保に返還する必要があるように思えますが、どうでしょうか。

被害者(被保険者)が訴訟費用分の20万円を損保に返還すると、特約の支出がそれまで100万円であったものが、80万円となります。そうしますと、私の考え方では特約の弁護士報酬分の枠が20万円増えることになります。
そのため、弁護士は損保に220万円、被害者(被保険者)に180万円を請求することになり、結局は、特約からの支出は同じ結果となります。従って、訴訟費用の返還が必要ないことになります。
つまり、弁護士報酬が限度額の300万円を超える時、訴訟費用の返還が無意味なこともあるということです。

<第14回> 最終回

これで弁護士費用特約の連載は終わりです。
<第1回>冒頭の設例は私自身が体験した事例とは異なりますが、基本的には同じと考えて下さい。

この問題の最大の論点は被保険者と弁護士との間の委任契約から生ずる弁護士報酬と加害者が被保険者(被害者)に対して支払い義務を負う弁護士費用との間に対応原則が成り立つか否かです。

弁護士費用は弁護士報酬と相当因果関係があります。弁護士報酬の発生を原因として不法行為上の相当因果関係にあるのが弁護士費用です。
相当因果関係は損害の公平な分担の理念から導かれます。このことは「弁護士報酬」という生の事実が不法行為法の損害の公平な分担という理念により法的に変質したものが「弁護士費用」となることを意味しています。ここから私は「弁護士報酬」と「弁護士費用」は同一性がなく、対応原則は成り立たないと考えております。

仮に「弁護士報酬」と「弁護士費用」との間に「対応原則」が成立するとすれば、
「当会社は弁護士報酬から弁護士費用を控除した額の保険金を支払います」
あるいは
「当会社は被保険者に賠償義務者から判決で認められた弁護士費用が支払われた場合、弁護士報酬から弁護士費用を控除した保険金を限度額の範囲で支払います」
という約款を設ければ十分のはずです。
同一の結論を「代位」と「保険金返還条項」から導くというのが損保・裁判所の見解です。

しかし、保険の素人である保険契約者、被保険者がそのような解釈をすることは困難です。そもそも、保険契約はプロの事業者と素人の消費者の契約なのですから、消費契約法第3条1項が定めるように契約は「明確かつ平易なものでなければならない」ということにも反します。

この種の事件では過去の判例は存在せず、私が被保険者を代理して訴訟提起した東京地裁の判決が自保ジャーナル(1907号、⑭)に掲載されているのみです(同判例に掲載されている匿名の原告ら代理人は私です。)。

現実にはこうしたトラブルは頻発しており、多くの訴訟が提起されてよさそうだと思うのですが、そうではないようです。
その理由は
1 損保が弁護士の請求通りに支払っている
2 損保が支払わない時は弁護士が被害者(被保険者)に弁護士報酬を請求している
という「大人の解決」がなされているからだと考えられます。
実際、特約により弁護士が受任する案件は物損や頸椎捻挫の事案が多いと思われ、損害額が多額ではなく、判決で認められる弁護士費用もその1割であることから、僅かであり、そうした解決になじみやすい面があります。
しかし、そのような「大人の解決」を損保が今後も続けているかどうかは分かりません。
その際、弁護士が理論武装するためにこの連載を参考にして頂きたいと思います。
また、弁護士だけでなく、損害保険の実務に携わる方々にも参考にして頂ければ幸いです。

以上