遷延性意識障害の論点


交通事故を主要な業務としている弁護士でも遷延性意識障害の事案を取り扱うことはあまりありません。理由は遷延性意識障害の事案の数が少ないということと、ある特定の法律事務所に依頼が集中していることによります。そのために弁護士としては経験不足となります。しかし、争点はある程度、予想できるので、判例研究により、経験不足を補うことは可能です。本稿は弁護士、被害者家族が勉強するための資料として活用下さい。

まず、判例については以下を参考にして下さい→判例へのリンク

論点としては以下が挙げられます。
1 余命制限
2 定期金賠償
3 生活費控除
4 自宅介護
5 公的給付による減額
6 新築等の場合における自宅改造費

詳しくは判例を読み勉強して頂くしかないのですが、それぞれの論点につき、簡単にコメント致します。

 余命制限 

損保は遷延性意識障害者の余命は健常者の余命よりも短いという主張をします。
ネタとなる本は「寝たきり者の生存余命の推定」(発行(株)自動車保険ジャーナル、著者吉本智信)、「生存余命と定期金賠償」(発行(株)自動車保険ジャーナル、著者吉本智信、佐野誠)です。

遷延性意識障害の事案で最も大きな損害は将来の介護費用ですが、認められるのは死亡時までです。従って、余命が短くなるほど、賠償金は少なくなるためこのような主張が出されるのです。

大きな後遺障害の原因を作った加害者が、正にその後遺障害を理由として余命が短いと主張することはなんとも奇妙な理屈であり、自分勝手としか言えません。裁判所も損保の主張を認めたくないでしょうが、それにはやはり反論が必要です。
判例を参考とすると、主治医が「自宅介護で手厚い看護がなされるならば健常者の平均余命まで生きることができる蓋然性がある」という内容の意見書を作成して貰うことが重要と言えます。判例から様々なことが学べます。

 定期金賠償 
定期金賠償方式か一時金賠償方式かは余命制限の論点と裏表の関係にあります。
損保は遷延性意識障害者の余命については健常者の平均余命と同じであると断言できないので、定期金賠償方式が合理的であるというストーリーを使います。

定期金賠償方式を求めるのが被害者側であることも稀にありますが、その場合は裁判所には認められ易いと思います。
訴訟では被害者側が一時金方式で請求しているにもかかわらず、損保が定期金賠償にすべきと主張している場合が殆どです。その場合、裁判所はなかなか定期金賠償では認めませんが、稀に認められていることもあります。

東京高裁H25.3.14、東京地裁H24.10.11は定期金賠償方式での賠償を命じています。特殊な事案ですが、一時金方式にすると余命制限を認めざるを得なかったのではないかと思います。その他、自宅介護か施設介護かの問題も絡んでいます。

民事訴訟法の問題として処分権主義(当事者の申し立てていない事項について裁判所が判決することはできない)を挙げている判決もありますが、余り有力な根拠ではありません。処分権主義一本で戦うことは止めたほうが良いと思います。

 生活費控除 
逸失利益についての問題です。遷延性意識障害者は生活費が少ないから生活費控除をすべきだという主張が損保からなされます。

逸失利益とは後遺障害により将来得られるはずの収入が失われたことによる損害です。その損害は生活費の多寡にかかわらず、確定している筈ですが、判例の中には損保の主張を認めているものもあります。趣旨の不明な主張であり、損保の不明な趣旨に沿った判決が出されることもあります。

 自宅介護について 
遷延性意識障害の事案においては大きな論点となります。損保は施設介護が相当であると主張し、被害者側は自宅介護が相当であると主張しますが、要は自宅介護のほうが将来の介護料が大きいからです。

重要なことは訴訟段階で自宅介護が開始されている場合はまず間違いなく、自宅介護が認められるという点です。
訴訟ではまだ自宅介護がなされていない段階で自宅介護が認められた例もありますが、たまたま、うまく行ったと考えていたほうが良いでしょう。できるならば、そのようなリクスは避けるべきです。自宅介護が開始するまで、ある程度の時間がかかるならば、訴訟提起を遅らせるのが良いと思います。

しばしば、自宅改造をするための費用や新築費用が相当の出費となることが予想されるため、訴訟で賠償を得てから自宅改造の計画を考える方がおられますが、お勧めはできません。被害者請求で支払われた一部でも頭金としてローンで自宅改造、新築等をして自宅介護を開始したほうが賢い方法です。

 公的給付による減額 
遷延性意識障害の事案だけではなく、重度後遺障害事案では常に問題となります。
被害者が65歳未満ならば障害者総合支援法(旧障害者自立支援法)の適用が、65歳以降ならば介護保険の適用があり、公的給付分を控除すべきだという考え方です。

しかし、障害者総合支援法による公的給付はそもそも損害の填補ではありません。何故なら、労災のような代位規定がないからです。また、介護保険法には代位規定があり、基本的には損害の填補となりますが、公的給付が未確定の分は控除すべきではないとの最高裁判決が参考となります。また、いずれも、国家財政がひっ迫している現状から、現在の制度が将来的に維持できるか否か不明であるとの指摘も可能です。

また、職業介護人を使うことなく、家族が介護しているならば、このような問題を提起する前提はない筈ですが、損保は強引にこの問題を争点とすることもあります。

 自宅改造費(新築等による場合) 
被害者ないし被害者家族が自宅を所有しており、介護仕様に改造できるならば問題はありません。しかし、自宅が借家であったり、敷地が狭小であり自宅改造が困難な場合もあります。遷延性意識障害では大規模な改造が必要となるため、特にこのような問題が生じます。
そのため土地を購入し、介護仕様の居宅を新築する必要があり、大きな出費が必要となります。自賠責保険から支払われる4000万円では足りない場合も生じます。
このような場合、土地購入費用及び新築費用全額を請求できるかという問題に直面します。
常識的には損害は介護仕様建築費と普通仕様建築費との差額となります。自宅を所有している被害者(家族を含む)には自宅改造費の限度で認められることのバランスからも無理のない考え方であると思います。

しかし、その考え方では土地購入地、普通仕様建築費は被害者側の自己負担となることを意味します。金銭という財産が不動産に変ったのだから、損害はないという考え方も可能ですが、交通事故がなければ金銭の出費もなかったという考え方も可能です。
土地購入費、普通仕様建築費については被害者以外の家族も便益を享受することから、全額は無理としても、一定割合を請求できるという考え方もアリではないかと思うのです。

不動産ではありませんが、福祉車両を購入した場合、車両本体価格ではなく、車椅子仕様とした増額分のみが請求できます。つまり、原則は改造費用分ですが、「被害者がこれまで自動車を購入したことも、購入する計画もなかかった」事案では車両本体価格を認めた判決があります(東京地裁H21.10.2)。

土地を購入して自宅を新築したこともなく、今後もそのような計画がなかったならば、福祉車両と同様に考えることはできないでしょうか。数百万の福祉車両とゼロが一つ多い不動産と同列に論ずることはできませんが、介護費用建築費と普通仕様建築費の差額のみを損害とすることは果たしてそれで良いのかという疑問は残ります。