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最近の記事を掲載しています

NEW !血糖値が下がる 2019/1/9
謹賀新年 2019/1/4
今年も終わります 2018/12/25
12月も中旬 2018/12/11
11月も終わる 2018/11/29
見納めかも知れない 2018/11/9
秋の風景 2018/10/28
10月も半ば過ぎて 2018/10/19
台風一過の空 2018/10/1
秋空 2018/9/11
9月になりました 2018/9/3
猛暑で疲労  2018/8/27
見ているが見えていない 2018/8/23
ミクロの秋 2018/8/15
8月になる 2018/8/6
暑中見舞い 2018/8/1


血糖値が下がる 2019/1/9

最近、朝、起きると、美しい朝焼けを見ることができます。
朝焼けの風景は日々、変化しているので、同じ方角で、同じ時間に撮影しても、以前とは異なるものが撮れます。
朝焼けの写真がこれらかも続くかも知れません。

さて、話題は変わりますが、私の体重は2年前までは77〜78キロあり、メタボ状態でした。
血糖値も高く、治療をするほどではないにしても、減量しないと糖尿病予備軍から正規軍になることは確実でした。
一昨年から糖質制限ダイエットをして、体重は71〜72キロとなり、血糖値は正常に戻りました。以前は疲れやすかったのですが、今はそうしたこともありません。2リットルのペットボトル3本分の重さが体から消えたのですから、当然です。

70歳という年齢を考えると健康状態は比較的良好で、体力、気力も保持しており、仕事を続けられる状態です。
しかし、この年になり、「仕事を続けられるから、続ける」ということには抵抗があります。
少し前から人生の晩年をよりわがままに、より自由に過ごすほうが自分にとって自然な生き方ではないかと思うようになりました。

60代、70代の弁護士のブログなどを拝見すると、まだまだ仕事を続けるとみずからの元気ぶりを誇示している方がおられますが、私の生き方とは随分と違うなあと感じております。

謹賀新年 2019/1/4

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

さて、今年70歳になる西川も元気でやっております。
もとより、年も年ですので、新件の相談、受任を控える状態が続いております。
電話やメールで相談を希望する方がおられますが、全てお断りしており、申し訳なく思っております。
元気ならば、何故、バリバリと働かないのか・・・と疑問を持たれる方がおられるかも知れませんが、人は生き方がそれぞれ違うとご理解下さい。
西川は年齢のことを考えて、働かない方を選ぶことにしました。

本HPは多数の弁護士HPに埋もれており、閲覧される方は稀だと思いますが、たまたま、本HPにたどり着いた方がおられたならば、それも、何かの縁、損害賠償問題の良き解決をお祈りしております。

写真は今朝、撮影したものです。富士山が良く見えました。前にある丹沢が邪魔ですが、丹沢は丹沢で自分の人生を生きているのですから、文句は言えません。

今年も終わります 2018/12/25

写真は夕焼けではなく、朝焼けで、今朝、撮影したものです。朝の空が最近、美しいことがあります。

さて、今年もあと6日しかありません。アッという間に一年が過ぎました。
平成も今年で最後です。

昭和から平成に移った時は独立して1年目でした。
暴力団員相手に面談禁止、架電禁止の仮処分申立書を作成中、昭和から平成に変わり、作成日を訂正したのを憶えています。
若い頃は暴力団員相手のエネルギーを必要とする仕事を苦もなくしており、馬力があったと思います。
あれから30年経過しましたが、今は年齢のせいか、馬力よりも深い考えを必要とする仕事のほうが性に合っていると確実に感じています。

法律の世界には「常識でしょ」ということが多くあり、特に交通事故の実務では「常識だらけけ」です。誰もが常識と思っていることが一体、どこから出てきたのか分からないこともあります。例えば、中間利息の控除について、何故、ホフマン方式でなく、ライプニッツ方式が当たり前の如く採用されているのでしょうか。

三庁共同提言?

大昔のたった3つの裁判所の申し合わせが、実務を牛耳っているはおかしいとは思いませんか。
おかしいと思わない弁護士、裁判官が多数います。彼らは実務に精通していると自負しています。
しかし、その自負は物事を根本から考えない、思考停止から生まれたものでしかありません。

これからは、そうした常識に疑問を呈していきたいと思います。

12月も中旬 2018/12/11

12月も中旬に入ります。柴犬カレンダーもこれが最後。来年の暦も柴犬カレンダーにしました。

この年齢になると11月、12月は訃報が多く来ます。
以前は友人、知人の両親の訃報でしたが、今は同世代の方の訃報です。還暦を迎えたばかりの方や、還暦を迎える前の方の訃報もあります。
老年期の最大の課題は「死を受け入れる」ことですが、嫌でも受け入れざるを得ません。訃報にもそれなりの意味はあります。
雪の上を飛び跳ねる犬など見つつ、訃報を積み重ねると、年が暮れるのを実感します。

11月も終わる 2018/11/29

はや、あと2日で師走。年末が近づくと、時の過ぎるのは早いと感じます。
10月、11月は結構、忙しく過ごしていました。12月も余り余裕はなく、ゆっくりできるのは来年になります。

来年には70歳になりますが、そろそろ、高齢者として、人生どう生きるか考えなければなりません。
ずっと弁護士としてバタバタと働き、病気になり、自由時間も持てず、死ぬのは不本意ですので、今のような生活を続けるつもりはありません。
時間だけはある、暇な老人として生きるのが理想ですが、ひとっ飛びに理想には到達できません。
過去を振り返り、弁護士として悔いがなかったというためにも、今少しの頑張りが必要です。

見納めかも知れない 2018/11/9

今週、かんぽの宿「寄居」で一泊。
トロっとした良い温泉で、部屋からの眺望も良く、結構、気に入りました。
電脳雑記帳の更新のペースが相変わらず、落ちていますが、大病もせず69歳にしては、元気でやっています。

11月は今の所、旅行の予定がないので、紅葉はこれで見納めです。
横浜では12月から銀杏が黄色く色づき、紅葉はこれからですが、横浜で色づいた銀杏を眺めても、大して面白いとは思いません。やはりどこか遠い所に行かなければ、何事も感動しません。

秋の風景 2018/10/28

最近、撮影した写真です。

この季節、朝焼けが思いもかけず綺麗なことがあります。赤く染まった雲も命も一瞬のことです。
下の写真は枝先の雨の滴です。
微小な生命体が雨の滴を広大な宇宙と信じて動き回っているかも知れません。
一瞬の命、ミクロの生命・・・秋のひんやりとした空気は心の底にある感情を刺激し、空想をかきたてます。

10月も半ば過ぎて 2018/10/19

既に10月も半ばを過ぎました。空気がひんやりしていますが、夏の暑さの記憶が残っており、まだまだ油断ができないと感じています。
実際にはもう、暑くなることはない筈ですが、今年の夏のせいで、季節の変化にまで不信感を持つようになってしまいました。
横浜ではまだ紅葉を見ることはできませんが、このところ柄にもなく、忙しい日々が続いたので、良い景色を眺められる宿にでも連泊してゆっくりと過ごしたいものです。 

台風一過の空 2018/10/1

台風一過の青い空です。こんな空を久しぶりに見た気がします。今日は最高気温が30度を超えます。もう少し涼しければ気分が良いのですが。

早いものでもう10月です。前回の記事から3週間も経過しています。
このコーナーの更新が滞っていますが、色々と理由があります。いつか理由を明かしたいと思います。

秋空 2018/9/11

今朝、自宅から撮影。秋らしい空でした。

9月に入ってから空が高くなった感じがしていましたが、気温は夏のままの日が続いていました。
ところが、今朝は外に出た時、おやと思いました。予想外に涼しかったからです。
永遠に続くと思っていた暑さもそろそろ終わりです。やっと、ほっと一息つけそうです。
それにしても、辛い夏でした。熱中症にならず夏を乗り越えただけで良かったと思います。

9月になりました 2018/9/3

 早いものでもう9月です。
このところ、訃報が続いています。私も69歳ですので、上の期の先生だけでなく、知り合いの下の期の先生も良い年です。訃報が続くのも当然です。
「あの先生も亡くなったのか」と思うたび、自分の寿命も長くはないという事実を告げられているような気になります。
 人の死は自分のこれからの生き方を見直すきっかけになります。弁護士の仕事をし、生涯現役を貫いて、死ぬことは本望か・・・訃報は問いかけます。

猛暑で疲労  2018/8/27

今日は昨日に続き猛暑日。年が年なので、妙に疲れます。暑さで疲れるということはこれまでにもあったと思いますが、今年は特別です。いい加減に気温が下がって欲しいと思いますが、文句を言う相手がいません。

写真は実家に咲いていた百合の花。花の解説によれば「芳香を放つ」と書かれています。

永井荷風はこんな句を詠んでいます。

百合の香や 人待つ門の 薄月夜

ロマンチックな雰囲気の句ですが、実は私は百合の香りが苦手です。香りには好き嫌いがあり、仕方のないことです。

見ているが見えていない 2018/8/23

今日は処暑。「処」は止めるという意味で今日から暑さも一段落する筈ですが、ちっとも一段落していません。

写真は実家で撮影したサルスベリ。
昨日、気が付いたのですが、昨日になって突然、咲いた筈はありません。
前から咲いていて、気づいたのが昨日というだけです。それまでは目に入っていたのですが、気づかなかっただけです。
視界には入っているが認識できない・・・この現象は多分、暑さが続き、疲れているせいです。車を運転する方は注意したほうが良いと思います。

ミクロの秋 2018/8/15

昨日、通勤途上に撮影。猛暑が続いていますが、空は秋の空。立秋も超えたのですから、空が秋らしくなるのも当然です。夜になると暑苦しい中で虫の声が聞こえてきます。
「小さい秋」というほどの秋はまだ訪れていません。ですが、微粒子程度のミクロの秋は確実に夏の中に紛れ込み始めています。

8月になる 2018/8/6

8月になりました。今日も猛暑です。こんな暑さの中、仕事をしている弁護士などいるのでしょうか。勿論、いるに決まっています。猛暑を口実にサボっているのは私の他、ごく少数です。

今年の夏はクーラーが必須ですが、世の中には「クーラーなど必要はない」という方がおられます。大抵はお爺さんで「ワシらの若い頃はクーラーなどなかった」と言うのが常です。「ワシらの若い頃」には最高気温が41度にもなったことがないのに、太古から森羅万象は不変と信じているのです。
もう一つのタイプはおじさんで「暑さに耐える精神力をつける」というのが理由です。子供達の教育に熱心ですが、古い価値観を引きずり、考え方がずれているタイプです。

年配の女性からクーラー不要論を聞いたことはありません。女性は暑さをただひたすら不快と感じ、その不快さを無くしたいと現実的な考え方をするのです。普通のお爺さん、おじさんも同じ考えです。稀にねじれた考えを持つお爺さん、おじさんがいるだけです。

クーラーが不要というならば、勝手に自分だけ暑い中で過ごして貰いたいものです。持論を他人に押し付けるから困るのです。 
お爺さん、おじさんは他人の言葉に絶対、耳を貸しません。また、持論を他人に押し付けて悦に入ります。社会的に力のある方もおり、クーラーが設置されていない小学校も多く存在します。常識的で当たり前のことを自分が注目されたいがため、普通でない、ねじれた意見を表明する実に困った人々です。

それにしても「暑さに耐える精神力」とは何なんでしょうか。人生の役に立つのでしょうか。熱中症を招くだけだと思うのですが。

暑中見舞い 2018/8/1

暑いですね。外を歩いているだけで熱中症になりそうです。
写真は今回の旅行先、福島県、高湯の宿です。去年から硫黄の香りのする白濁した温泉を訪ね歩いており、今回の夏休み旅行の最初の宿は高湯でした。硫黄の香りが心地よく、眺望も素晴らしく、良い湯でした。
福島と言えば、裏磐梯しか宿泊したことがないのですが、裏磐梯以外にも良い所がありそうなので、今後は色々と探してみたいと思います。

しばらくぶりにアップする私の写真ですが、昨年10月まで77〜78キロあった体重は71〜72キロになり、ダイエットに成功しています。今のところリバウンドする気配はありません。
3食のうち、夕食はご飯を抜き、おかずだけにするという方法で、糖質制限をした成果です。このやり方は続けて行きたいと思うのですが、「ご飯を食べないと体に悪い」という人が必ずいます。

農耕文化が生まれる前はご飯にしろ小麦にしろ、誰も糖質を口にしていませんでした。その頃の人々はみんな体の具合が悪かったのでしょうか。私はそんなことは無かったと思うのです。アルタミラの洞窟の絵や縄文土器などの個性的で創造性に富んだ芸術作品は糖質を食べる習慣のない人々が生みだしたものです。彼らの体が我々現代人より悪かったとはどうしても思えないのです。